紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~
一難去ってまた一難、やっぱり今日は厄日のようです①
「一度ならず、二度までも、お見苦しいところをお見せしてしまって、大変申し訳ありませんでした」
「いや、まあ、俺も少し言い過ぎたと思っているし、あまり気にするな」
「確かにまあ正直申し上げますと、そんな頭ごなしに言わなくてもいいじゃない! って少し思いましたけどね。でもアレクの言ってることは概ね正しいと思います。私の認識が甘かったから、年端もいかないあのような少年の標的にされたんでしょうし、やもえない事情だったとはいえ、レナードの言いつけを破って、路地裏なんかに入ったから、あのような世にも末恐ろしいエイリアンもどきに襲われるはめになったわけですから。それにアレクは私のためを思って忠告してくれたんでしょう? だったらアレクは悪くないです」
「ああ、まあ、そうだな。というか、お前、その話し方はやめろ、と前にも言ったと思うが」
「ああ、そうでした! 『ですます』口調で話すと、無駄に長くなるからやめろ、と仰ってましたよね、確か」
三週間くらい前にも、こうしてアレクと話す機会があったのだが、『ですます』口調で話すと、妙に長ったらしくなるから使うのをやめろ、と使用禁止にされたことを思い出し、ぽむっと手を打つ。
そんなに無駄に話しているつもりはないんだけどなあ、と思っていたら、椅子の背凭れに無造作に引っかけていた外套を手に取ると、アレクはベッドの縁に座る私の目線に合わせるように跪いた。
「――……美緒」
覗き込む藍色の瞳を見返していたら、不意に名前を呼ばれた。
(……あれ? 今、名前で呼んだ?)
いつもお前呼ばわりされていて、今まで一度だって、まともに名前を呼ばれた試しがなかったから、つい聞き流してしまったが、今、確かに名前で呼んだよねえ?
「ねえ? アレク。今、私のこと『お前』じゃなくて、『美緒』って名前で呼んでくれたよね? ね、もう一回呼んでみて?」
「は?」
「いやだから、私の名前、もう一回呼んでよ」
「いや、それは……」
「別に減るものでもないんだから、もう一回呼んでよ~! ねえ、アレクってばあー」
「うるさい。ぎゃあぎゃあ喚くな! とにかく教会まで送ってく。夜も遅いし、レナードも心配しているだろうから。ほら立て」
初めて名前を呼んでくれたのに、その貴重な瞬間を聞き流してしまい、もう一回呼んで欲しいと言い募ったものの、音にしてたった二文字の私の名前を口にするのを、なぜだか渋り、アレクはうるさいの一言で私の要望をばっさりと切り捨てると、もふもふの毛で織られた外套を羽織らせ、早く出ろと言わんばかり、私の背中を押して、半ば強引に部屋の外へと追いやってしまう。
名前の一つや二つくらい言ってくれてもいいじゃないか! ともう少し食い下がってやろうかとも思ったが、あまりしつこく言ってると、また雷を落とされそうだ。
残念だが今回はおとなしく諦めよう、とアレクに名前を呼んでもらうことを断念すると、ふかふかとした上質の赤い絨毯が敷き詰められた長い廊下を、アレクの少し後ろをついて歩き始めた。
(……そういや、騎士団の寄宿舎だって言ってたよね)
なにを話すでもなく、お互い黙り込んだまま、ただひたすら歩くだけなのも、なんだかつまらなくて、初めて潜入した騎士団寄宿舎内を見学しようと、私はアレクの後ろをついて歩きながら、辺りをきょろきょろと見回した。
廊下の左側は騎士たちの部屋が設けられているらしく、焦げ茶色をした木目調のドアが一定間隔で並んでいる。次のドアまでの間隔が結構開いているから、一室、一室、それなりに広いのだろう。
長い廊下に沿って、焦げ茶色のドアが、ずらり、と並ぶ、その様はなかなかに圧巻だ。
それに対して右側には壁と窓くらいしかない。
両開きの大きな窓の外に目を向ければ、風に揺れる木々がたくさん立ち並んでいるのが見えた。それらを挟んで少し向こう側には、同じように両開きの窓が、ずらりと並ぶ建物の壁が見える。
どうやら騎士団の寄宿舎は建物が片仮名の『ロ』の字あるいは『コ』の字の形をしていて、そのまんなかに広々とした中庭が設置されているようだ。
向かい側に建つ建物の窓の数を縦に数えてみたら、全部で四つあったので、おそらく寄宿舎は四階建てなのだろう。
窓から下を覗き見れば、広々とした庭の一角には、長さが不揃いの平屋建ての建物が六つもあり、騎士団の寄宿舎がいかに広いかが手に取るようにわかる。
その証拠にどこまでも続く長い廊下は100m走くらいなら余裕でできそうだ。
(……っていうか、思っていたよりも、けっこう地味だなあ)
騎士団関連の施設のほとんどは、小高い丘の上に建つお城の敷地内にあると、レナードから聞かされていたから、もっと煌びやかで豪華絢爛な感じかと思っていたけれど、鎧兜を纏った騎士の像が壁ぎわに置かれているのを、たまに見かけるだけで、映画とかでありがちな豪華なシャンデリアだったり、金の額縁に飾られた肖像画なんかは全く以って見当たらない。
せめてエプロンドレスを着たメイドさんとかに遭遇しないかしら、と密かに期待したものの、通りかかる騎士とたまにすれ違うくらいで、それ以外は人っ子一人として歩いていない。
(……それにしても静かだなあ)
何も話さないでいると耳鳴りがしそうなくらい、辺りは静まり返っていて何だか怖い。
それでいて両開きの窓をガタガタと揺らす風の音や、カツーン、カツーンと硬い床を蹴る足音が、どこからともなく聞こえてきて、それだけでも、かなりおどろおどろしい雰囲気が漂っているというのに、窓から差し込む月明かりが、薄暗い廊下をほんのりと赤く染め上げていて不気味さは倍増っ!
腕を伸ばせば届くくらいの距離にアレクがいるとはいえ、誰もいない背後から漂うひんやりとした冷たい空気に背中を撫でられ、あまりもの不気味さに耐えかねて、歩く速度を上げてアレクに追いつくと、私は横並びで歩くアレクに話しかけた。
「ね……ねえ、寄宿舎ってこんなに誰もいないものなの? それに思っていたより、なんだか地味だし」
「地味って騎士団に所属する人間が生活をするために建てられた設備だからな。こんなものだろう?」
「いや、お城の敷地内にあるって聞いたから、もっと豪華絢爛煌びやかな世界が広がってるのかと思っていたわ。ねえねえ、身の回りのお世話をする侍女とかはいないの?」
セラフィリアに飛ばされた初日、着替えを手伝ってくれたリリアのことを思い出しながら、素朴な疑問を投げかければ、なにが可笑しいのか、アレクは、くっ、と喉を鳴らして笑う。
(お……おお!? 今、笑ったぞ!?)
全くの無表情というわけではないものの、孤児院で暮らす子供たちやレナードと比べれば、喜怒哀楽の表現がわかりにくく、特に喜と楽に関しては、ほとんど表情に出さないアレクが、忍び笑いではあるけれど、小さく笑ったことに驚いていたら、アレクは私に歩幅を合わせるように、歩く速度を少し落としてくれた。
足の長いアレクと肩を並べて歩くのは結構大変で、ちょこまかと足を動かして早歩きをする私に気づいてくれたようだ。
「侍女が傍に付くのは王族や爵位を持つ貴族くらいなものだ。一応、見習い騎士が食事の用意をしたり、掃除をしたりはするが、上位騎士の身の回りの世話を焼いたりまではしない」
「じゃあ、アレクも身の回りのことは自分でするんだ?」
「当たり前だ。できることは何でも一人でやっている。それにしても不思議なことばかりを聞いてくるもんだな。そんなに珍しいものか?」
「うん、珍しいよ! だって騎士とか侍女とかお城で生活なんて現代社会ではほとんど見られない光景だもの。少なくても私にとっては、それこそテレビとか映画とかゲームの世界だわ」
「テレ……テレビ??」
「あー、テレビって言うのは電波信号で映像が送られてくる機械のことで、うーん、何て言うかな。リモコンのスイッチを押すだけで、色々な世界の映像が見られるの。映画とかゲームもテレビで見たり、遊べたりするのよ」
「お前が話したことの半分くらいは意味が分からないが、要するにボタンを押すだけで映像が見られる機械、って事か?」
「うん、そんな感じ!」
「ボタンを押すだけで色々な世界の映像が見られるなんてすごい技術だな」
「そうかなあ? 私からすれば、魔力からエネルギーを抽出するとか、そういう方がすごいなあ、って思うけど」
アレクの語尾が疑問系になったことに気づいて、テレビの説明をしてみたけれど、物心がついたときから、ドラマとかアニメとかを当たり前のように見ていたから、テレビって何? なんて疑問にすら思わなかった。
なんていうか当たり前のようにあったものや、使っていたものを、改めて、説明するのってすごく難しい。
そんな事を考えて、私は隣を歩くアレクの横顔を見た。
日本で暮らしていた時とは、生活様式も、常識も、規則も、何もかもが違っていて、あまりにも知識が乏しいから、目にするものや、耳にしたこと、心で感じたことの一つ一つをいつも誰かに質問していたけれど、この世界に住む人たちにとって、それはごくごく普通の『当たり前』のことであって、その『当たり前』な事を説明するのは、意外と難しくて面倒な作業だっていうのにも気づいた。
子供たちは成長の過程で色々と見て聞いて学ぶことが必要だから、私が質問をしたことに対して、一緒に考えてくれるけども、アレクやレナードやコリンヌさんはある程度の知識を蓄えたいわば大人だ。
けれどひどく難しくて面倒な作業でも、誰一人として嫌な顔一つ浮かべず、私が繰り返して聞く『当たり前』の質問に、私が理解するまで、きちんと説明をしてくれるし、とことんまで付き合ってくれる。
(ああ、この世界の人たちはこんなにも優しいんだ)
もちろんアレクも例外なく優しい。
確かにぶっきらぼうで不愛想だし、口を開けば、毒ばっかり吐いてくるし、横柄で突っ慳貪な言い方をすることも、たまにあってすごく腹が立つけれど、でも泣いていれば、そっと寄り添って慰めてくれるし、今みたいに何気に歩幅を合わせてくれたり、他にも細かいところで色々と気遣ってくれてることに、今さらながら、気づかされた。
それになんて言えばいいんだろう。
騎士っていう職業柄のせいか、アレクと一緒にいると、すごく安心できる。
この人なら信用しても大丈夫かな、って、そんな風に思えるのは何故なんだろう。
(…………って何だ。この気持ち)
「いや、まあ、俺も少し言い過ぎたと思っているし、あまり気にするな」
「確かにまあ正直申し上げますと、そんな頭ごなしに言わなくてもいいじゃない! って少し思いましたけどね。でもアレクの言ってることは概ね正しいと思います。私の認識が甘かったから、年端もいかないあのような少年の標的にされたんでしょうし、やもえない事情だったとはいえ、レナードの言いつけを破って、路地裏なんかに入ったから、あのような世にも末恐ろしいエイリアンもどきに襲われるはめになったわけですから。それにアレクは私のためを思って忠告してくれたんでしょう? だったらアレクは悪くないです」
「ああ、まあ、そうだな。というか、お前、その話し方はやめろ、と前にも言ったと思うが」
「ああ、そうでした! 『ですます』口調で話すと、無駄に長くなるからやめろ、と仰ってましたよね、確か」
三週間くらい前にも、こうしてアレクと話す機会があったのだが、『ですます』口調で話すと、妙に長ったらしくなるから使うのをやめろ、と使用禁止にされたことを思い出し、ぽむっと手を打つ。
そんなに無駄に話しているつもりはないんだけどなあ、と思っていたら、椅子の背凭れに無造作に引っかけていた外套を手に取ると、アレクはベッドの縁に座る私の目線に合わせるように跪いた。
「――……美緒」
覗き込む藍色の瞳を見返していたら、不意に名前を呼ばれた。
(……あれ? 今、名前で呼んだ?)
いつもお前呼ばわりされていて、今まで一度だって、まともに名前を呼ばれた試しがなかったから、つい聞き流してしまったが、今、確かに名前で呼んだよねえ?
「ねえ? アレク。今、私のこと『お前』じゃなくて、『美緒』って名前で呼んでくれたよね? ね、もう一回呼んでみて?」
「は?」
「いやだから、私の名前、もう一回呼んでよ」
「いや、それは……」
「別に減るものでもないんだから、もう一回呼んでよ~! ねえ、アレクってばあー」
「うるさい。ぎゃあぎゃあ喚くな! とにかく教会まで送ってく。夜も遅いし、レナードも心配しているだろうから。ほら立て」
初めて名前を呼んでくれたのに、その貴重な瞬間を聞き流してしまい、もう一回呼んで欲しいと言い募ったものの、音にしてたった二文字の私の名前を口にするのを、なぜだか渋り、アレクはうるさいの一言で私の要望をばっさりと切り捨てると、もふもふの毛で織られた外套を羽織らせ、早く出ろと言わんばかり、私の背中を押して、半ば強引に部屋の外へと追いやってしまう。
名前の一つや二つくらい言ってくれてもいいじゃないか! ともう少し食い下がってやろうかとも思ったが、あまりしつこく言ってると、また雷を落とされそうだ。
残念だが今回はおとなしく諦めよう、とアレクに名前を呼んでもらうことを断念すると、ふかふかとした上質の赤い絨毯が敷き詰められた長い廊下を、アレクの少し後ろをついて歩き始めた。
(……そういや、騎士団の寄宿舎だって言ってたよね)
なにを話すでもなく、お互い黙り込んだまま、ただひたすら歩くだけなのも、なんだかつまらなくて、初めて潜入した騎士団寄宿舎内を見学しようと、私はアレクの後ろをついて歩きながら、辺りをきょろきょろと見回した。
廊下の左側は騎士たちの部屋が設けられているらしく、焦げ茶色をした木目調のドアが一定間隔で並んでいる。次のドアまでの間隔が結構開いているから、一室、一室、それなりに広いのだろう。
長い廊下に沿って、焦げ茶色のドアが、ずらり、と並ぶ、その様はなかなかに圧巻だ。
それに対して右側には壁と窓くらいしかない。
両開きの大きな窓の外に目を向ければ、風に揺れる木々がたくさん立ち並んでいるのが見えた。それらを挟んで少し向こう側には、同じように両開きの窓が、ずらりと並ぶ建物の壁が見える。
どうやら騎士団の寄宿舎は建物が片仮名の『ロ』の字あるいは『コ』の字の形をしていて、そのまんなかに広々とした中庭が設置されているようだ。
向かい側に建つ建物の窓の数を縦に数えてみたら、全部で四つあったので、おそらく寄宿舎は四階建てなのだろう。
窓から下を覗き見れば、広々とした庭の一角には、長さが不揃いの平屋建ての建物が六つもあり、騎士団の寄宿舎がいかに広いかが手に取るようにわかる。
その証拠にどこまでも続く長い廊下は100m走くらいなら余裕でできそうだ。
(……っていうか、思っていたよりも、けっこう地味だなあ)
騎士団関連の施設のほとんどは、小高い丘の上に建つお城の敷地内にあると、レナードから聞かされていたから、もっと煌びやかで豪華絢爛な感じかと思っていたけれど、鎧兜を纏った騎士の像が壁ぎわに置かれているのを、たまに見かけるだけで、映画とかでありがちな豪華なシャンデリアだったり、金の額縁に飾られた肖像画なんかは全く以って見当たらない。
せめてエプロンドレスを着たメイドさんとかに遭遇しないかしら、と密かに期待したものの、通りかかる騎士とたまにすれ違うくらいで、それ以外は人っ子一人として歩いていない。
(……それにしても静かだなあ)
何も話さないでいると耳鳴りがしそうなくらい、辺りは静まり返っていて何だか怖い。
それでいて両開きの窓をガタガタと揺らす風の音や、カツーン、カツーンと硬い床を蹴る足音が、どこからともなく聞こえてきて、それだけでも、かなりおどろおどろしい雰囲気が漂っているというのに、窓から差し込む月明かりが、薄暗い廊下をほんのりと赤く染め上げていて不気味さは倍増っ!
腕を伸ばせば届くくらいの距離にアレクがいるとはいえ、誰もいない背後から漂うひんやりとした冷たい空気に背中を撫でられ、あまりもの不気味さに耐えかねて、歩く速度を上げてアレクに追いつくと、私は横並びで歩くアレクに話しかけた。
「ね……ねえ、寄宿舎ってこんなに誰もいないものなの? それに思っていたより、なんだか地味だし」
「地味って騎士団に所属する人間が生活をするために建てられた設備だからな。こんなものだろう?」
「いや、お城の敷地内にあるって聞いたから、もっと豪華絢爛煌びやかな世界が広がってるのかと思っていたわ。ねえねえ、身の回りのお世話をする侍女とかはいないの?」
セラフィリアに飛ばされた初日、着替えを手伝ってくれたリリアのことを思い出しながら、素朴な疑問を投げかければ、なにが可笑しいのか、アレクは、くっ、と喉を鳴らして笑う。
(お……おお!? 今、笑ったぞ!?)
全くの無表情というわけではないものの、孤児院で暮らす子供たちやレナードと比べれば、喜怒哀楽の表現がわかりにくく、特に喜と楽に関しては、ほとんど表情に出さないアレクが、忍び笑いではあるけれど、小さく笑ったことに驚いていたら、アレクは私に歩幅を合わせるように、歩く速度を少し落としてくれた。
足の長いアレクと肩を並べて歩くのは結構大変で、ちょこまかと足を動かして早歩きをする私に気づいてくれたようだ。
「侍女が傍に付くのは王族や爵位を持つ貴族くらいなものだ。一応、見習い騎士が食事の用意をしたり、掃除をしたりはするが、上位騎士の身の回りの世話を焼いたりまではしない」
「じゃあ、アレクも身の回りのことは自分でするんだ?」
「当たり前だ。できることは何でも一人でやっている。それにしても不思議なことばかりを聞いてくるもんだな。そんなに珍しいものか?」
「うん、珍しいよ! だって騎士とか侍女とかお城で生活なんて現代社会ではほとんど見られない光景だもの。少なくても私にとっては、それこそテレビとか映画とかゲームの世界だわ」
「テレ……テレビ??」
「あー、テレビって言うのは電波信号で映像が送られてくる機械のことで、うーん、何て言うかな。リモコンのスイッチを押すだけで、色々な世界の映像が見られるの。映画とかゲームもテレビで見たり、遊べたりするのよ」
「お前が話したことの半分くらいは意味が分からないが、要するにボタンを押すだけで映像が見られる機械、って事か?」
「うん、そんな感じ!」
「ボタンを押すだけで色々な世界の映像が見られるなんてすごい技術だな」
「そうかなあ? 私からすれば、魔力からエネルギーを抽出するとか、そういう方がすごいなあ、って思うけど」
アレクの語尾が疑問系になったことに気づいて、テレビの説明をしてみたけれど、物心がついたときから、ドラマとかアニメとかを当たり前のように見ていたから、テレビって何? なんて疑問にすら思わなかった。
なんていうか当たり前のようにあったものや、使っていたものを、改めて、説明するのってすごく難しい。
そんな事を考えて、私は隣を歩くアレクの横顔を見た。
日本で暮らしていた時とは、生活様式も、常識も、規則も、何もかもが違っていて、あまりにも知識が乏しいから、目にするものや、耳にしたこと、心で感じたことの一つ一つをいつも誰かに質問していたけれど、この世界に住む人たちにとって、それはごくごく普通の『当たり前』のことであって、その『当たり前』な事を説明するのは、意外と難しくて面倒な作業だっていうのにも気づいた。
子供たちは成長の過程で色々と見て聞いて学ぶことが必要だから、私が質問をしたことに対して、一緒に考えてくれるけども、アレクやレナードやコリンヌさんはある程度の知識を蓄えたいわば大人だ。
けれどひどく難しくて面倒な作業でも、誰一人として嫌な顔一つ浮かべず、私が繰り返して聞く『当たり前』の質問に、私が理解するまで、きちんと説明をしてくれるし、とことんまで付き合ってくれる。
(ああ、この世界の人たちはこんなにも優しいんだ)
もちろんアレクも例外なく優しい。
確かにぶっきらぼうで不愛想だし、口を開けば、毒ばっかり吐いてくるし、横柄で突っ慳貪な言い方をすることも、たまにあってすごく腹が立つけれど、でも泣いていれば、そっと寄り添って慰めてくれるし、今みたいに何気に歩幅を合わせてくれたり、他にも細かいところで色々と気遣ってくれてることに、今さらながら、気づかされた。
それになんて言えばいいんだろう。
騎士っていう職業柄のせいか、アレクと一緒にいると、すごく安心できる。
この人なら信用しても大丈夫かな、って、そんな風に思えるのは何故なんだろう。
(…………って何だ。この気持ち)