紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~

一難去ってまた一難、やっぱり今日は厄日のようです②

「ああ、そうだ。アレクはどうして騎士になったの?」

 ざわざわと落ち着かない気持ちを誤魔化すように、頭を過った素朴な疑問を口にするなり、アレクはその表情を不意に曇らせた。

 って、あれ? もしかして、触れちゃいけない話題だった?

「あ、や、その、ご……ごめん。今の質問はなかった……」
「――……別になりたくてなったわけじゃない」

 地雷を踏んでしまったかもしれないと思って、慌てて話題を変えようとしたら、私の声を遮るようにアレクが口を開く。
 このまま話を続けてもいいのだろうか、と少し心配になったものの、他にこれといって話題らしい話題も思いつかず、私は仕方なしに話を続けることにした。

「そ……そうなんだ。志願してなったわけじゃないんだね」
「――……生きるためだ」
「え?」
「生きるために騎士になる道を選んだ」
「あ、ああ……そう、なんだ」

 淡々とした口調で返された答えは思っていた以上に重くて、戸惑ってしまう。
 うわあああああ! 地雷踏んじゃったよ! やっぱり聞いちゃいけなかったんだよ。ああ、どうしよう。

「そ……そうそう。レナードから聞いたよ。二十歳で第一騎士団の師団長に選ばれるのは、すごいことなんだって。アレクってすごい才能を持ってるんだね!」
「師団長なんて面倒なだけだ。やらなければいけない仕事は山ほどあるし、何十人もいる部下を取り纏めなきゃいけない。それに責任だって重い――……何より二十二の若造が総指揮を執っている事が気に食わない連中が多くてな。如何に失脚させてやろうか、その手段を考えるのに皆、必死だ」

 いきなり話題を変えてしまうのも、なんだかあからさますぎて気が引けてしまい、それならば、と重くなった空気を少しでも払拭すべく、褒めそやかしておだてる、という作戦に転じたものの。
 もんもんと淀んだ空気は軽くなるどころか、アレクの口から続けて出た言葉は、さらに深刻さを伺わせるもので、見事なまでに玉砕を喰らった私は、ぴき――んっ、と表情筋を凍りつかせてしまった。
 アレクにとって一番身近な話だから、これならアレクも気軽に話せるだろうと思ったのだが、完全なる選択ミスだったようだ。

(この世界において国が運営する騎士団に所属するのは、いわば超一流企業に就職するのと同じようなものだって聞いたんだけどなあ……)

 アリルア国王立騎士団は全部で十五のグループに分類されていて、総勢五千人以上もの騎士が所属する大所帯だ。
 その勢力図はピラミッド形式になっていて、一番下位の第十五騎士団には、見習い騎士や駆け出しの新人騎士が所属し、その次に第十四騎士団と続き、騎士団と総称するものの、頂点に立つのが第一騎士団だ。
 十五ある騎士団の中でも絶対的な権力を誇り、秀でた能力と実力を持ついわば、エリート中のエリートだけが集められたのが、第一騎士団であり、五千人以上もいる騎士たちの中で、第一騎士団に所属できるのは、本当にごく一部の騎士だけで、その数は百人にも届かないそうだ。

 つまり騎士を志す多くの人たちにとって、第一騎士団は自分たちが目指す最終地点となるのだが、第七騎士団より上の階級は、昇格試験のレベルが格段に高くなるらしく、騎士としての素質や資質が問われるのはもちろんのこと、ありとあらゆる知識や教養が求められるため、それ相応の努力と修業と実績を積み重ねなければ、昇級することは敵わないそうだ。
 ましてや第一騎士団ともなれば、単に昇格試験に合格するだけでなく、上官に当たる騎士や貴族たち複数からの推薦が必要になることに加え、さらには識者会議までもが開かれ、候補者が第一騎士団に所属するに相応しいものであるかないかを審議し、最終的には多数決によって所属の可否を下されるらしい。

 それほどまでに難しいとされている第一騎士団に、アレクは十八歳で所属することが決まったそうで、これは異例中の異例のことで、アリルア国王立騎士団が創立して以来、初めてのことだったらしく、それだけでもとんでもない偉業なのに、さらにその二年後には若干二十歳にして、総勢五千人以上もいる騎士たちの最高峰である、第一騎士団師団長に任命されるという、前代未聞の偉業までをも成し遂げ、アレクのその偉業は国内はおろか他大陸にまで瞬く間に広がり、就任当時、それはそれはもう大変な騒ぎだったそうだ。
 なんで私がこんなにも詳しいかって?
 だって暇さえあれば、アレクはね、って嬉しそうに話すレナードに、耳にタコができるくらい、何度も何度もアレクの輝かしい功績の数々を聞かされるんだもの。いやでも覚えますってば。
 レナードは本当にアレクのことが大好きらしい。
 なんていうかアレクのことを話すレナードのその語りっぷりは、親友の域を超えて、まるで愛する恋人のことでも語るような口ぶりなんだもの。

 ……とまあそんな感じでレナードから色々と話を聞かされていたから、当然、アレクも第一騎士団師団長っていう立場に誇りを持って、いつも毅然と立ち振る舞っているものばかりなんだと、勝手に思い込んでいたけれど、どうやらそうではないらしい。

「ごめんね、アレク。嫌なことを聞いたりして」
「どうしてお前が謝るんだ? 本当に嫌だと感じたなら答えたりしない。確かに面倒な仕事ばかり押しつけられるし、周りの人間のやっかみには、心底から飽き飽きしているが、騎士になったことを後悔してはいないし、騎士であることに誇りも持っている」

 興味本位の軽い気持ちで聞いてしまったことを後悔して、なんとなしに謝れば、アレクは不思議そうに首を傾げながらも、そんなことを言う。
 若くして師団長という地位に就いたことは、アレクにとって、あまり好ましいことではないようだが、それでも最後の最後で前向きな発言が聞けたことに少し安心して、ほっ、と胸を撫で下ろして、その直後。

「これはこれは師団長殿。こんな所で会うとは珍しい」

 背後から上がった声に藍色の瞳を眇めると、ちっ、と小さく舌打ちをして、アレクは声がした方を振り向く。
 アレクのような絶世の美形でも舌打ちするんだあ! とその意外性に驚きつつ、いつになく、険しい表情を浮かべたまま、一点を見据えるアレクの視線を追って振り返れば、こちらに向かって悠然と歩いてくる男の人の姿が視界に入った。

 燃え盛る炎を纏ったかのような真っ赤な髪をしたその人は、アレクよりも頭半分以上も背が高く、身体つきもがっちりとしていて、いかにも軍人らしい屈強そうな風采を放っている。
 何より一番目を引かれたのは、底知れない冷たさを感じさせる紫紺の瞳だった。
 白銀の分厚い鎧を身に纏い、真紅の外套を翻しているところから、アレクと同じ王立騎士団に所属する騎士のようだ。
 部下と思しき騎士を数人引き連れ、私たちの前まで歩み寄ってきた彼は立ち止まると、薄っぺらい口元を僅かに歪ませた。

「寄宿舎内を堂々と女を連れて歩くとは、師団長殿も、ずいぶんとお偉くなったものだな」

 くっ、と喉仏を震わせ、嘲るようにせせら笑い、紫紺の瞳を持つ彼が、ちらり、とこちらを一瞥する。
 射竦めるような鋭い眼差しを向けられ、私は、びくり、と身体を強張らせると、隣に立つアレクの背中に反射的に隠れてしまった。
 お昼間に洗濯ものを取り込んでいる際、仲良し三人組の女の子たちが、嬉々として口にしていた『ジオルド』なる人物の名前が脳裏を掠めたけれど、目の前に立つ赤髪の彼は、それなりに整った美しい顔立ちこそしているものの、纏う雰囲気は少年マンガに登場する悪役そのものだ。
 鋭利な刃を持つナイフのように鋭く尖った残忍そうなその雰囲気は、決して女の子たちが、きゃあきゃあ、と黄色い声を出して喜ぶようなものではない。

「――……行くぞ、美緒」

 異様なまでに残忍な雰囲気を纏う、赤髪の彼をおそるおそる観察していると、アレクはそう言って、さっさと歩き出す。

(わー! 名前で呼んでくれたー!)

 ぴーんと張り詰めた場の空気や、赤髪の彼のことなんぞ、すっかり忘れ、早くも訪れた二度目のそれを今度こそ聞き流さず、しっかりと己の鼓膜で聞き受けたことに満足しつつ、離れてなるものかと、アレクの背中にぴったりとくっついて、赤髪の彼とその取り巻き連中の横を通り過ぎようとして。

「――――逃げるのか?」

 すれ違いざま、赤髪の彼が強い口調で言い放つ。
 赤髪の彼のその声に足を止め、ゆっくりと振り返ると、アレクは赤髪の彼を見返した。

「生憎だがお前の相手をしている暇はない――……ディハルト。寄宿舎内での無意味な揉め事は避けた方がいいぞ。お前の度重なる悪行には、総帥も手を(こまね)いている。これ以上、問題を起こせば、師団長どころか騎士団そのものにもいられなくなるぞ」
「――……っ、貴様あ! 黙って聞いていれば、ぐちぐちとうるせえんだよ!」

 戒めるアレクの声はディハルトと呼ばれた赤髪の彼を激昂させるには十分だったのだろう。
 血が滲みあがるほど強く唇を噛み締めたかと思えば、赤髪の彼はすらりと胴体の長い剣を引き抜くなり、鋭い切っ先を持つ刃を振り翳して、いきなり襲いかかってきた。

「き……きゃあああああ!」
「――……っ、美緒!」

 いきなり切りかかってくるとは、アレクも予想していなかったらしい。
 弾け飛ぶような声とともにアレクに腕を引っ張られ、ものすごい力で身体ごと、後ろの方へと投げ飛ばされる。勢い余って、床にべしゃりと倒れ込んだ私を横目で見やりつつ、腰に帯びていた剣を素早く引き抜くと、アレクは身を躱しながら、赤髪の彼が振り落とした剣の刀身を受け止めた。
 きいいいんっ、と甲高い金属音が鳴り響く。

「剣を退け! ディハルト!」

 赤髪の彼が振り落とした刀身を押し返しながら、言い放ったアレクの鋭い声に、取り巻きたちも我に返ったらしい。

「ディハルト副師団長殿。さすがにこの場で騒ぎを起こすのはマズいかと……」
「怒り心頭なお気持ちは察しますが、どうかこの場は引いて、剣をお納めください」
「もしこのようなところをベルガラット総帥にでも見られれば、副師団長殿の進退にも関わりますゆえ……」

 三者三様、赤髪の彼の機嫌を損ねないよう、懸命に宥めれば、赤髪の彼は、ちいっと忌々しげに舌を打つと、行き場を失った怒りの矛先を、すぐ真横の壁へと向けた。
 がつり、と壁を打ちつける大きな音が響く。
 壁に叩きつけた拳はそのまま、赤髪の彼は紫紺の瞳に底知れない憎悪の念を滾らせると、ぎりっ、とアレクを睨み据えた。

「認めねえ! 誰が何と言おうと俺は貴様を絶対に認めねえからな! 近いうちに必ず貴様を騎士団から叩き出してやる!」

 激しいまでの怒りを顕わにして、声を荒げた赤髪の彼は、いかにも悪役が言いそうな台詞を吐き捨てると、じりじりと押していた剣を退く。

「――……邪魔な小娘が。しかたがねえ。その女に免じて今日のところは身を引いてやる」

 廊下に敷き詰められた毛足の長い絨毯の上で、尻もちをついている私を一瞥し、舌を打ち鳴らした赤髪の彼は真紅の外套を(ひるがえ)すと、従えていた騎士たちと共に引き上げてゆく。

「大丈夫か?」

 へなり、と尻もちをついたまま、遠ざかってゆく赤髪の彼と、その取り巻きたちの後ろ姿を茫然と見ていたら、動けないでいる私の目の前に、アレクの大きな掌が差し出される。
 アレクの手を掴んで立ち上がろうとして、かくん、と膝が笑う。
 そこでようやく私は自分の腰が抜けていることに気がついた。

「ア……アレク、」

 ふるふると頭を横に振れば、私の異変に気づいてくれたらしい。
 膝を折って屈んだアレクが顔を覗き込む。

「――……美緒、」
「こわ……こわかっ、た……」

 自分に向けられたものではないけれど、それでも鋭い刃を持つ剣が、目前にまで迫ったことを思い出して、今頃になって、ぶわり、と鳥肌が立つ。
 アレクが腕を引いてくれなかったら、切りつけられていたかもしれないと思うと、ぞくり、と背中を冷たいものが走り、かたかたと身体を震わせていたら、ゆっくりと伸びてきたアレクの両腕が、背中と膝の裏のそれぞれに触れた。
 ふわり、と身体が宙に浮く。
 気がついたら、私は横向き――……いわゆるお姫様だっこという形で、アレクの腕の中に抱えられていた。

「はわわわわわっ! や、ちょ……お、おろして!」
「腰が抜けているのだろう? そんなのでまともに歩けるわけがないだろう」
「や……そ、そうなんだけど、」

 あまりのことに驚いて、怖さも忘れて、下ろして欲しいと、じたばたともがけば、正論で以って諭されてしまった。
 全校集会で校長先生の長話に耐え切れず、貧血で倒れ、イケメンの独身男性教諭に抱きかかえられて保健室に運ばれる――という乙女なら誰しもが一度は憧れたであろう、少女漫画的超王道なシチュエーションが形を変えて実現したものの、心の準備もへったくれもなく、いきなり、お姫様抱っこをされてしまったものだから、私は思いっきり焦ってしまった。
 しかも相手はイケメンを軽く通り越して、課金制ゲームのキャラで例えるならば、★6クラスの超絶にレアな絶世の美形だ。
 恋愛感情など抱いていなくとも、いやおうにも心拍数は跳ね上がり、これ以上ないくらい心臓が早鐘を打つ。
 
(ち……ちちちちち、ちかい、ちかい、ちかすぎるうぅ――――うっ!!)

 目と鼻の先ほどの超至近距離にある、彫刻のような美しさを持つアレクにたじろぐものの、彼が指摘した通り、腰はすっかり腑抜けていて、まともに歩けそうにもない。
 この役立たずの腰抜けがあああ! と自分の腰を罵ったところで、歩けるようになるわけもなく、今にも爆発しそうな心臓に、きゅうきゅうと目を回しつつ、私は泣く泣くアレクに身を委ねることにした。

「――……震えているのか?」

 アレクがふとそんなことを呟く。

 ち……ちちちち違います! 怖くて震えているのではなく、お姫様抱っこをされて、心臓が今にも爆発しそうなので震えているだけですうぅうううう!!

 と心の中で本音を漏らしたものの、さすがにそれを口にするのは恥ずかしくて、覗き込む藍色の瞳から視線を逸らそうとして、抱きかかえるアレクの腕に力が籠ったと思ったらば、緩く羽織っていたもふもふの外套ごと、強く身体を引き寄せられてしまった。
 ぎゃああああ! だからちかい! ちかすぎるんだってば!
 身体の半分をアレクの逞しい胸元へと押しつけられ、ともすれば、アレクの心音が聞こえそうなほどの至近距離に、心臓は壊れた玩具みたいに激しく揺れ動く。

「物盗りに遭ったばかりか、魔物にも襲われ、ただでさえ怖い思いをしただろうに、さらに追い打ちをかけるように、怖い思いをさせて済まなかった」

 好き勝手に暴れる心臓を制御できず、息苦しさを覚えて、目を閉じようとした矢先、静かに落ちてきた鼓膜を揺らすアレクの優しい声に、きゅう、と胸を絞めつけられてしまった。
 ああ、だめだ。
 頭が真っ白になってしまい、何も言えず、閉じ損ねた瞼をきつく閉ざす。
 そうして目を閉じながら、間近に聞こえるアレクの心音と、衣服の布地を通して伝わるアレクの体温と、春の日だまりのように柔らかいアレクの香りを全身で感じ取っているうち、少し落ち着いたのか、次第に意識がとろとろと微睡(まどろ)んできた。

(――……ああ、だめだ。すごく眠い)

 急激に眠気に襲われ、アレクの腕に抱きかかえられたまま、私はいつの間にやら、くーかー、くーかー、と寝息を立てて眠り()けていた。

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