紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~
これはどういうことか説明してください!②
「――――ふんぬうぅうう! んううぅうう―――っ!!」
開けたシャツの合間から、露わになっている逞しい胸の中に抱きすくめられ、さすがに脳内はパニック状態!
ぎゃあああああああっ! 恋も恥じらう、うら若き乙女を捕まえて、なにしてんだっ、アレクのド変態――っ!!
口を塞ぐ大きな手の下で、もごもごと口を動かして叫ぶが、もちろん、それは声にはならない。
羽交い絞めするアレクの腕の中から逃れようと、アレクの胸を必死に押し返すものの、流石に騎士を名乗っているだけあって、私が少し押したところで、アレクの身体は、びくりとも動かない。
それどころかありえないくらいの怪力で、頭をぐいぐいと押さえつけて、アレクの胸に押しつけるものだから、私は呼吸困難に陥ってしまった。
「頼むから少しの間だけ、おとなしくしていてくれ」
「むんうう――っ! んぅんがああ―――っ!」
「いいから静かにしてろっ!」
おとなしくしていたら確実に窒息死するううぅうぅ! の意を込めて、尚もジタバタと悪あがきをしていたら、ぴしゃり、と雷が落ちてきた。
つい条件反射で、ぴたり、と動きを止めた私を見返して、黙っていろ、と小声で念押しをすると、今にも破らんばかりの勢いで、ドアをがんがんと叩いている見張りの騎士に向かって。
「騒がしいが何事だ?」
「師団長殿! 何か呻き声のようなものが聞こえましたが、もしかして体調が悪いのですか!?」
白々しくアレクが言い放てば、アレクの声を聞いて安心したのか、ドアの向こうに立つ見張りの騎士は、ドアを叩く手をようやく止めた。
「俺なら何ともない。体調も万全だ。きいきいと小煩いネズミが一匹出たから追い払っていただけだ」
「ご無事だったんですね! ああ、よかった……って、ネズミ、ですか?」
「ああ、そうだ。ちょろまかと逃げ回るから、追い払うのに少し手こずったがな。それよりも悲鳴が聞こえたとか言っていたように思うが?」
「ええ、はい、そうです。この辺りを巡回していたところ、師団長殿の部屋から悲鳴……というかあれは絶叫ですかね? ともかく不審な声が聞こえたように思ったので、駆けつけた次第なのですが……」
「確かに数刻前、そのような声が聞こえたな。だが、この部屋からではないし、俺の身にも何ら異常はない。安心しろ。俺の耳には中庭の方から、声が聞こえたように思ったが。もしかしたら、あちらにも大きなネズミが出たのかもしれんな」
「ええっと、ネズミ……が、ですか??」
「そうだ。ネズミだと思って侮るな。あれは病源菌を媒体する厄介な生き物だ。噛まれでもすれば、どんな病に侵されるかわからん。見つけ次第、即刻、駆除しろ。報告は後で聞く。何かあってからでは遅い。早く行ってこい」
「は、はい! 分かりました。では外の様子を見てきます。師団長殿、朝早くから失礼致しました」
言葉を巧みに繰り、ありもしない話を捏造したアレクに、ものの見事に言い包められ、何の疑問を持つ事もなく、見張りの騎士は部屋の前から立ち去ってゆく。
まさかのネズミ駆除を命じるという、なんとも滑稽な、でもそれなりに筋はまかり通っている、アレクのその発想力に呆れを通り越して、むしろ、よくぞ短時間でそのような考えを思いついたものだなあ、とその頭の回転の速さに感心してしまった。
だって犯人を『ネズミ』にしてしまえば、他の誰にも迷惑は一切かからないんだもの。
アレクが吐いた嘘を真に受けた見張りの騎士だって、本気でネズミの駆除に取りかかっていたとしても、ネズミの一匹や二匹くらいなら、探せばすぐに見つかるだろうし、それほど手を煩わせることもないだろう。
嘘を吐くことはいけないけれど、でもこんな嘘ならありかもしれないとさえ思えるから不思議だ。
(……なんていうかアレクってすごくない?)
適切な指示を出すその手際の良さだったり、非常時の素早い対応であったり、頭の回転の速さであったり、『師団長』としてのアレクは文句のつけようもないくらい完璧だ。
昨夜、赤髪の彼が切りかかってきた時の、あの剣捌きだって、目を瞠るほど、見事なものだった。
師団長としてのアレクの魅力に気づかされ、心底から感嘆していたらば。
「はあ……何とか誤魔化せたみたいだな」
見張りの騎士の気配がすっかり消えたのを確認して、アレクが大きく息を吐く。
その拍子に肩の力が抜けたらしく、口を押さえていた手の力が緩んだ。
力が緩んだアレクの手を払い除けると、私はぜいはあ、ぜいはあ、と呼吸を繰り返しながら、すっかり気が抜けているアレクを思いっきり睨みつけた。
「何とか誤魔化せた、じゃないわよっ! こっちは窒息しかけたんだか――……っ、もがああぁあっ!?」
師団長としてのアレクには心の底から尊敬するけれど、だからといって、これまでの私に対する失礼な発言や態度の数々が許されるわけではないぞ! と、びしり、と指を突きつけて叱りつければ、慌てた様子のアレクにふたたび口を塞がれた。
「だから大声を出すなって!」
「んうううう――っ! もがっ、がるるるるううぅう―――っ!」
「頼むから静かにしてくれ。せっかく苦心して追い払ったのに、俺の努力を全部水の泡にする気か? お前だってこんなところを見られて、あらぬ誤解をされるのは嫌だろう?」
一度ならず、二度までも口を塞がれ、獣のように低く唸って威嚇していたら、アレクがそんなことを言う。
もちろん『熱愛発覚! 王立騎士団第一師団長に新恋人の存在が浮上! 相手は異世界からきた美少女か!?』なんて三流ゴシップ雑誌の見出しみたいな噂を流されては困る!
ここはアレクの忠告を素直に聞き入れることにしよう、と心に決め、こくこくと頭を縦に動かして頷けば、今度はすんなりと口を塞いでいた手を放してくれた。
押しつけられていたアレクの胸の中から、ようやく解放され、逃げ出すようにベッドの片隅に飛び退くなり、アレクは呆れたように瞳を眇める。
何だか見下されているような気がして、今にも口から出そうになる声を、ぐっ、と堪えると、私は足元に転がっていた枕に、そうろり、と手を伸ばした。
……が、私が枕を掴むよりも、一瞬早く、アレクが手首を掴む。
掴まれた手首に気を取られていたら、ものすごい力で腕を引っ張られた。
視界が反転する。
どさり、と背中に柔らかい衝撃を受けて、とっさに閉じた目を開こうとして、ぎしり、とベッドが深く沈み込む音が耳元で響いた。
「な……なななな、なに!? なに!? なに!?」
あまりに突然のことに思考が働かず、ぎょっと目を見開いて驚いていたら、真上から覗き込む藍色の瞳と視線がかち合う。
なんで視線が真上からなの? と首を傾げかけて、次の瞬間、自分がベッドの上に押し倒されている事に気づき、慌てて起き上がろうとして、どういうわけだか、身体の上に馬乗りになったアレクに両腕をシーツの上に押さえつけられてしまった。
「俺が何度も同じ手に引っかかるとでも思っているのか?」
「お、おおおお、思わないですううぅうううぅうう!」
目と鼻の先ほどの至近距離にある絶世の美形の気迫にたじろぎつつ、しどろもどろ涙目で答える。
どうやら私の枕による奇襲攻撃を回避するため、ベッドに押し倒したようなのだが、いやいやいや、いくら何でもこれはマズいですってば、師団長殿。
それこそ、こんなところを誰かに見られたら、大炎上しちゃいますよ?
なんてどうでもいいことをうだうだと考えていたら、艶やかな唇の端を小さく持ち上げると、アレクはなんとも不敵な笑みを浮かべた。
「――……お前、男慣れしてないんだな」
いきなりなにを言い出すのかと思えば、あまり触れて欲しくなかったところを突っつく。
「反論がないって事は図星ってところか。お前、その歳で男の一人も知らないのか?」
「――――……っ!!」
思いっきり図星を突かれ、口をぱくぱくさせて絶句していたら、何が面白いのか、くっ、と咽喉を鳴らして低く笑うと、アレクは、ぐいっ、と顔を近づけた。
さらり、と肩から溢れ落ちた黒耀の長い髪が頬に触れる。
「――……何なら俺が教えてやろうか?」
しなやかな体躯を持つ美しい毛並みの黒豹が、獲物を狙っているかのような危険な色香を放つアレクに圧倒されてしまい、声も出せず、生唾をごくりと飲み込んで、ぴきり、と固まっていたら、薄っぺらい生地で仕立てたワンピースの上から、身体の線をなぞるように、つう、とわき腹を撫でられた。
何とも言えないその感触に、ぞわり、と背筋が震えて、びくり、と身体を揺らす。
ぎゃあああああ! 誰か助けてー! お巡りさあああぁあんっ! と心の中で叫ぶも、日本の警察にそれが届くはずもなく。
く、喰われる! 18禁的意味合いで喰われるうぅうううう!! と慄いて、その直後、くっ、と咽喉を小さく震わせたかと思えば、押さえつけていた腕を離して、ごろん、と寝返りを打って背中を向けると、アレクは声を出して笑い出す。
「ってか、お前、マジで免疫なさすぎ」
縦に長い身体を、くの字に折り曲げて笑う、アレクのその言葉に、からかわれたんだ、と気づいた私はアレクが『アリルア国王立騎士団第一騎士団師団長』という長ったらしい肩書きを持つ偉人だということも忘れ、ふるふると怒りで震える拳を、ぐーの形に握り締めると、がつんっ、と、アレクの後頭部をぶん殴っていた。
予期していなかった私の直接攻撃を受けて、笑声を失くしたアレクが殴られた後頭部を片手で押さえて悶絶する。
「……ってえ、油断した。ってか、この俺の頭を殴るとは大した度胸だな」
隙を作ったアレクから素早く逃げ出し、転げるようにベッドから飛び降りた私は、ベッドの上で後頭部を押さえて、こちらを、ぎろり、と見据えるアレクを負けじと見返した。
「殴られて当然でしょっ! 純情な乙女心を弄ぶとか最低っ! アレクなんて大ッ嫌いっ!」
「って、ちょっと待てよ! 一人で出歩いたら、また魔物に出くわすぞ!」
捨て台詞を吐き捨て、部屋から出ようとした私の背中に飛んでくるアレクの声。
「ご心配なく! 今度はちゃんと大通りを通って帰るからっ! っていうかアレクに送ってもらうくらいなら魔物に襲われた方がマシよ!」
むろん、魔物に襲われた方が良いだなんて、これっぽっちも思ってもない。
けれどあまりにも度が過ぎるアレクの悪ふざけに無性に腹が立った私はアレクの方を見向きもせず、やさぐれ気分でそう吐き捨てると、部屋のドアを、ばたんっ! と荒々しく閉め、廊下に敷き詰められた赤絨毯を蹴って猛烈な勢いで寄宿舎の出口へと向かった。
その頃。
「師団長殿ぉおぉお! ネズミなんて、どこにもいませんぞぉおおぉお!!」
ネズミの駆除を命じられた見張りの騎士が、未だ捕まらぬネズミを涙目で探しているなんて、怒り心頭で寄宿舎を出て行こうとしていた私も、ぶん殴られた後頭部に大きな瘤ができていることに気づいたアレクも、両者ともども知る由もなかった。
開けたシャツの合間から、露わになっている逞しい胸の中に抱きすくめられ、さすがに脳内はパニック状態!
ぎゃあああああああっ! 恋も恥じらう、うら若き乙女を捕まえて、なにしてんだっ、アレクのド変態――っ!!
口を塞ぐ大きな手の下で、もごもごと口を動かして叫ぶが、もちろん、それは声にはならない。
羽交い絞めするアレクの腕の中から逃れようと、アレクの胸を必死に押し返すものの、流石に騎士を名乗っているだけあって、私が少し押したところで、アレクの身体は、びくりとも動かない。
それどころかありえないくらいの怪力で、頭をぐいぐいと押さえつけて、アレクの胸に押しつけるものだから、私は呼吸困難に陥ってしまった。
「頼むから少しの間だけ、おとなしくしていてくれ」
「むんうう――っ! んぅんがああ―――っ!」
「いいから静かにしてろっ!」
おとなしくしていたら確実に窒息死するううぅうぅ! の意を込めて、尚もジタバタと悪あがきをしていたら、ぴしゃり、と雷が落ちてきた。
つい条件反射で、ぴたり、と動きを止めた私を見返して、黙っていろ、と小声で念押しをすると、今にも破らんばかりの勢いで、ドアをがんがんと叩いている見張りの騎士に向かって。
「騒がしいが何事だ?」
「師団長殿! 何か呻き声のようなものが聞こえましたが、もしかして体調が悪いのですか!?」
白々しくアレクが言い放てば、アレクの声を聞いて安心したのか、ドアの向こうに立つ見張りの騎士は、ドアを叩く手をようやく止めた。
「俺なら何ともない。体調も万全だ。きいきいと小煩いネズミが一匹出たから追い払っていただけだ」
「ご無事だったんですね! ああ、よかった……って、ネズミ、ですか?」
「ああ、そうだ。ちょろまかと逃げ回るから、追い払うのに少し手こずったがな。それよりも悲鳴が聞こえたとか言っていたように思うが?」
「ええ、はい、そうです。この辺りを巡回していたところ、師団長殿の部屋から悲鳴……というかあれは絶叫ですかね? ともかく不審な声が聞こえたように思ったので、駆けつけた次第なのですが……」
「確かに数刻前、そのような声が聞こえたな。だが、この部屋からではないし、俺の身にも何ら異常はない。安心しろ。俺の耳には中庭の方から、声が聞こえたように思ったが。もしかしたら、あちらにも大きなネズミが出たのかもしれんな」
「ええっと、ネズミ……が、ですか??」
「そうだ。ネズミだと思って侮るな。あれは病源菌を媒体する厄介な生き物だ。噛まれでもすれば、どんな病に侵されるかわからん。見つけ次第、即刻、駆除しろ。報告は後で聞く。何かあってからでは遅い。早く行ってこい」
「は、はい! 分かりました。では外の様子を見てきます。師団長殿、朝早くから失礼致しました」
言葉を巧みに繰り、ありもしない話を捏造したアレクに、ものの見事に言い包められ、何の疑問を持つ事もなく、見張りの騎士は部屋の前から立ち去ってゆく。
まさかのネズミ駆除を命じるという、なんとも滑稽な、でもそれなりに筋はまかり通っている、アレクのその発想力に呆れを通り越して、むしろ、よくぞ短時間でそのような考えを思いついたものだなあ、とその頭の回転の速さに感心してしまった。
だって犯人を『ネズミ』にしてしまえば、他の誰にも迷惑は一切かからないんだもの。
アレクが吐いた嘘を真に受けた見張りの騎士だって、本気でネズミの駆除に取りかかっていたとしても、ネズミの一匹や二匹くらいなら、探せばすぐに見つかるだろうし、それほど手を煩わせることもないだろう。
嘘を吐くことはいけないけれど、でもこんな嘘ならありかもしれないとさえ思えるから不思議だ。
(……なんていうかアレクってすごくない?)
適切な指示を出すその手際の良さだったり、非常時の素早い対応であったり、頭の回転の速さであったり、『師団長』としてのアレクは文句のつけようもないくらい完璧だ。
昨夜、赤髪の彼が切りかかってきた時の、あの剣捌きだって、目を瞠るほど、見事なものだった。
師団長としてのアレクの魅力に気づかされ、心底から感嘆していたらば。
「はあ……何とか誤魔化せたみたいだな」
見張りの騎士の気配がすっかり消えたのを確認して、アレクが大きく息を吐く。
その拍子に肩の力が抜けたらしく、口を押さえていた手の力が緩んだ。
力が緩んだアレクの手を払い除けると、私はぜいはあ、ぜいはあ、と呼吸を繰り返しながら、すっかり気が抜けているアレクを思いっきり睨みつけた。
「何とか誤魔化せた、じゃないわよっ! こっちは窒息しかけたんだか――……っ、もがああぁあっ!?」
師団長としてのアレクには心の底から尊敬するけれど、だからといって、これまでの私に対する失礼な発言や態度の数々が許されるわけではないぞ! と、びしり、と指を突きつけて叱りつければ、慌てた様子のアレクにふたたび口を塞がれた。
「だから大声を出すなって!」
「んうううう――っ! もがっ、がるるるるううぅう―――っ!」
「頼むから静かにしてくれ。せっかく苦心して追い払ったのに、俺の努力を全部水の泡にする気か? お前だってこんなところを見られて、あらぬ誤解をされるのは嫌だろう?」
一度ならず、二度までも口を塞がれ、獣のように低く唸って威嚇していたら、アレクがそんなことを言う。
もちろん『熱愛発覚! 王立騎士団第一師団長に新恋人の存在が浮上! 相手は異世界からきた美少女か!?』なんて三流ゴシップ雑誌の見出しみたいな噂を流されては困る!
ここはアレクの忠告を素直に聞き入れることにしよう、と心に決め、こくこくと頭を縦に動かして頷けば、今度はすんなりと口を塞いでいた手を放してくれた。
押しつけられていたアレクの胸の中から、ようやく解放され、逃げ出すようにベッドの片隅に飛び退くなり、アレクは呆れたように瞳を眇める。
何だか見下されているような気がして、今にも口から出そうになる声を、ぐっ、と堪えると、私は足元に転がっていた枕に、そうろり、と手を伸ばした。
……が、私が枕を掴むよりも、一瞬早く、アレクが手首を掴む。
掴まれた手首に気を取られていたら、ものすごい力で腕を引っ張られた。
視界が反転する。
どさり、と背中に柔らかい衝撃を受けて、とっさに閉じた目を開こうとして、ぎしり、とベッドが深く沈み込む音が耳元で響いた。
「な……なななな、なに!? なに!? なに!?」
あまりに突然のことに思考が働かず、ぎょっと目を見開いて驚いていたら、真上から覗き込む藍色の瞳と視線がかち合う。
なんで視線が真上からなの? と首を傾げかけて、次の瞬間、自分がベッドの上に押し倒されている事に気づき、慌てて起き上がろうとして、どういうわけだか、身体の上に馬乗りになったアレクに両腕をシーツの上に押さえつけられてしまった。
「俺が何度も同じ手に引っかかるとでも思っているのか?」
「お、おおおお、思わないですううぅうううぅうう!」
目と鼻の先ほどの至近距離にある絶世の美形の気迫にたじろぎつつ、しどろもどろ涙目で答える。
どうやら私の枕による奇襲攻撃を回避するため、ベッドに押し倒したようなのだが、いやいやいや、いくら何でもこれはマズいですってば、師団長殿。
それこそ、こんなところを誰かに見られたら、大炎上しちゃいますよ?
なんてどうでもいいことをうだうだと考えていたら、艶やかな唇の端を小さく持ち上げると、アレクはなんとも不敵な笑みを浮かべた。
「――……お前、男慣れしてないんだな」
いきなりなにを言い出すのかと思えば、あまり触れて欲しくなかったところを突っつく。
「反論がないって事は図星ってところか。お前、その歳で男の一人も知らないのか?」
「――――……っ!!」
思いっきり図星を突かれ、口をぱくぱくさせて絶句していたら、何が面白いのか、くっ、と咽喉を鳴らして低く笑うと、アレクは、ぐいっ、と顔を近づけた。
さらり、と肩から溢れ落ちた黒耀の長い髪が頬に触れる。
「――……何なら俺が教えてやろうか?」
しなやかな体躯を持つ美しい毛並みの黒豹が、獲物を狙っているかのような危険な色香を放つアレクに圧倒されてしまい、声も出せず、生唾をごくりと飲み込んで、ぴきり、と固まっていたら、薄っぺらい生地で仕立てたワンピースの上から、身体の線をなぞるように、つう、とわき腹を撫でられた。
何とも言えないその感触に、ぞわり、と背筋が震えて、びくり、と身体を揺らす。
ぎゃあああああ! 誰か助けてー! お巡りさあああぁあんっ! と心の中で叫ぶも、日本の警察にそれが届くはずもなく。
く、喰われる! 18禁的意味合いで喰われるうぅうううう!! と慄いて、その直後、くっ、と咽喉を小さく震わせたかと思えば、押さえつけていた腕を離して、ごろん、と寝返りを打って背中を向けると、アレクは声を出して笑い出す。
「ってか、お前、マジで免疫なさすぎ」
縦に長い身体を、くの字に折り曲げて笑う、アレクのその言葉に、からかわれたんだ、と気づいた私はアレクが『アリルア国王立騎士団第一騎士団師団長』という長ったらしい肩書きを持つ偉人だということも忘れ、ふるふると怒りで震える拳を、ぐーの形に握り締めると、がつんっ、と、アレクの後頭部をぶん殴っていた。
予期していなかった私の直接攻撃を受けて、笑声を失くしたアレクが殴られた後頭部を片手で押さえて悶絶する。
「……ってえ、油断した。ってか、この俺の頭を殴るとは大した度胸だな」
隙を作ったアレクから素早く逃げ出し、転げるようにベッドから飛び降りた私は、ベッドの上で後頭部を押さえて、こちらを、ぎろり、と見据えるアレクを負けじと見返した。
「殴られて当然でしょっ! 純情な乙女心を弄ぶとか最低っ! アレクなんて大ッ嫌いっ!」
「って、ちょっと待てよ! 一人で出歩いたら、また魔物に出くわすぞ!」
捨て台詞を吐き捨て、部屋から出ようとした私の背中に飛んでくるアレクの声。
「ご心配なく! 今度はちゃんと大通りを通って帰るからっ! っていうかアレクに送ってもらうくらいなら魔物に襲われた方がマシよ!」
むろん、魔物に襲われた方が良いだなんて、これっぽっちも思ってもない。
けれどあまりにも度が過ぎるアレクの悪ふざけに無性に腹が立った私はアレクの方を見向きもせず、やさぐれ気分でそう吐き捨てると、部屋のドアを、ばたんっ! と荒々しく閉め、廊下に敷き詰められた赤絨毯を蹴って猛烈な勢いで寄宿舎の出口へと向かった。
その頃。
「師団長殿ぉおぉお! ネズミなんて、どこにもいませんぞぉおおぉお!!」
ネズミの駆除を命じられた見張りの騎士が、未だ捕まらぬネズミを涙目で探しているなんて、怒り心頭で寄宿舎を出て行こうとしていた私も、ぶん殴られた後頭部に大きな瘤ができていることに気づいたアレクも、両者ともども知る由もなかった。