紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~
冒険者ギルドとやらに来てみました。
向こう岸が見えないほど、大きな湖の上に浮かぶのは、『水の都』と称されるハイゼンティアだ。
街の規模としてはそれほど大きくないが、神秘的な色を湛える湖と、緑豊かな森に囲まれたハイゼンティアは避暑地として広く知られ、爵位を持つ貴族や領主といった上流階級の人たちの別荘が郊外にたくさん建ち並ぶ。
それ以外にも観光地としても有名で、一般市民も多く訪れるため、宿泊施設においては、西大陸への玄関口になっている港町カサンドラに次いで二番目に多いそうだ。
お伽噺の世界にでも迷い込んだような美しい景観を持つ街並みは、どこからか白馬に跨った王子様が登場しそうな雰囲気だが、ハイゼンティアにお城はなく、残念ながら、王子様の登場はなさそうだ。
いやしかし、お城はなくとも、別荘を訪れたどこぞの国の王子様と、運命的な出逢いが待っているかもやしれぬ! と乙女ゲームありきな展開も想像してみたが、真夏のハイシーズンはとっくに終え、これから冬支度をしようかというこの時期に、避暑地に足を運ぶ物好きな王子様などいないだろう、という結論に至り、王子様との遭遇に期待するのは、早々に諦めることにした。
……と、まあ、そんなこんなで、野を超え、山を越え、大きな川を越え、二時間半ばかりを費やし、ハイゼンティアに辿り着いた私たちは、街外れにある翼竜を貸し出すお店にリュカを預けると、街の中心部へ向かう舟に乗り込んだ。
さすがは西大陸随一の観光地と謳っているだけのことはあって、船頭さんの多くはガイド役も兼任しているらしく、目的地に向かって舟を漕ぎ進めながら、ハイゼンティアに纏わる様々な知識や情報を面白可笑しく教えてくれたのだが、その内容はなかなかに興味深いものだった。
魔力から抽出される『魔導力』と呼ばれる力で、ハイゼンティアの街は湖面に浮いているんだよ、と教えてくれたのも、今、乗っている舟の船頭さんだ。
湖の上に浮いている事を利用して、ハイゼンティアの街では、道路代わりの運河が、あちこちに張り巡らされている。
運河を行き交いする舟は街に住む人や観光客を運ぶための交通手段だったり、あるいは商売道具を積んだお店だったり、中には宿泊施設として運用しているものもあったりと、その使用用途はさまざまだ。
「ほら着いたよ、美緒」
初めて目にする光景が珍しければ、運河を行き交いする舟を見るだけでも楽しく、船頭さんの話に耳を傾けつつ、あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロと、忙しなく視線を巡らせていたら、いつの間にやら、目的地に着いたらしい。
面白い話をたくさん聞かせてくれた船頭さんにお礼を告げて、レナードの手を取り、ゆらゆらと揺れる舟から降り、ぐうるり、と視線を一巡させれば、船着場の前には、緑豊かな木々に囲まれた公園が広がっていた。
公園の広場には目を瞠るほどの大きな噴水があり、傍らに建つ女神を象った彫刻が傾ける水瓶からは、絶えず、水が流れ落ちている。
おそらく願懸けでもしているのだろう。
噴水の前では恋人同士と思われる若い二人が、水飛沫を上げて立つ水柱に向かって、コインを投げ入れ、何やら祈りを捧げていた。
天幕を張った露店からは食欲をそそる香ばしい匂いが立ちこめ、ワゴンに積んだ可憐な花を売る少女の横では、派手な衣装を身に着けた道化師が、片手に持った大きな帽子の中から鳩を取り出して、道行く人々に手品をお披露目している最中だ。
集まった人たちの熱気に包まれる広場を横切り、露店が並ぶ遊歩道を十分ほど歩いて、公園から抜け出れば、そこから先は市場や商店、診療所、宿屋などが軒を連ねる商業地区となっていた。
整備された石畳の舗道を、からからと音を立てて、豪華な装飾の四輪馬車が、緩やかな速度で通り過ぎてゆく。
舗道側を歩くレナードと他愛もない会話を交わしつつ、お店の軒先に並ぶ様々なアイテムを硝子越しに見て歩いていたら、先へと進むレナードの足がふと止まった。
「着いたよ、美緒。ここで知り合いと待ち合わせているんだ」
そう言ってレナードは目の前に建つ煉瓦造りの建物を、つい、っと指差す。
舗道に沿って建ち並ぶ他の店舗とは違って、赤煉瓦を積んでできたアンティーク調の建物はとても大きく、円やかなアーチを描く楕円形の装飾窓の下には、鉢植えがいくつも吊り下げられ、可憐に咲く花々が色どりを添えている。
看板に書かれた文字は読めないものの、女子受けの良さそうな可愛らしい外観の建物が、宿屋であろうことは暗に想像がつく。
三階建ての建物を見上げつつ、あれこれ観察していたら、行き交う人々の向こう側から、やってきた強面のおじさんが、建物の端の方に設えられたドアを開いて、中へと入ってゆく。
その様子を何気なしに見ていたら、さあ行こうか、と、にこやかな笑みを浮べて、レナードは建物の正面に構える立派なエントランス――……ではなく、その前を華麗にスルーすると、さきほど強面のおじさんが入っていった簡素な造りのドアを押し開こうとした。
従業員専用出入口だとばかり思っていたのだが、どうやら違うらしい。
アリルアの郊外に建つエレーヌさんのお屋敷が『翼竜を貸し出すお店』であることを教えられないまま、強引に中へと押し込まれ、苦い経験をしたことを思い出し、レナードの袖を引っ掴むと、私は慌ててレナードを引き止めた。
「ちょ、ちょ、ちょっ、レナード、待って!」
「どうしたの? 美緒」
「ここって宿屋、だよね?」
「うん、まあ、そんなもんかな。大丈夫だよ、美緒。ここに翼竜はいないから」
「いやいやいやっ、そういう意味じゃなくて! ここが何のお店なのか、きちんと説明してくれるまで、絶対に中には入らないからねっ!」
なんとも曖昧な返事を寄越したレナードの態度を不審に思い、びしり、と指を突き立てて、先手必勝! とばかり、声高らかに宣告すれば、レナードは小さく肩を竦めると、参ったなあ、と溢す。
「分かった。ちゃんと答えるよ。ここは世界各国を渡り歩く冒険者を支援するための組合だよ」
「ギルド……って、セラフィリアにも冒険者ギルドがあるの!?」
レナードの口から飛び出た『冒険者ギルド』という単語を耳にするなり、激しく反応してしまったが、そうなってしまうのも致し方ないだろう。
これまで発売された全シリーズの累計販売本数が一億を軽く超え、今もなお、爆発的な人気を博する国民的RPG『孤高の勇者は大地の果てで儚き夢をみる』も、まさしく冒険者ギルドから壮大且つドラマティックなその物語が始まるのだ。
『孤高の勇者は大地の果てで儚き夢をみる』略して『孤高勇者』シリーズでは、ご近所のちょっとしたトラブル解決から凶悪な魔物の討伐に至るまで、世界各地から集められた様々な依頼を、冒険者ギルドで引き受けることができ、見事に依頼を成功させた暁には、難易度に応じた報酬が受け取れるようになっている。
その報酬はゲーム内通貨であったり、武器や防具といったアイテムだったりするのだが、依頼の難易度が高くなればなるほど、支払われる金額は莫大なものとなり、もらえるアイテムも超激レアな豪華アイテムがもらえるのだ。
なによりも特筆すべきは『孤高勇者』シリーズでは依頼を成功させた際、ギルドポイントなるものが付与され、その累積ポイントに応じて、新たなスキルを覚えられたり、より高度な上級職への転職が可能になる点だろう。
そのため、『孤高勇者』シリーズでは依頼をこなすことこそが強者への近道! とされ、旅の道中で遭遇する雑魚モンスターを倒して歩くよりも効率よくレベリングができる! とメインシナリオの攻略はそっちのけで、毎日配信される新規依頼クリアに勤しむユーザーが多いことでも有名だ。
そんな『孤高勇者』でもお馴染みの『冒険者ギルド』なるものが、セラフィリアにもあるなんて話を聞かされれば、もちろん黙ってなんかいられず、こちらの世界での冒険者ギルドの役割について、あれこれ聞いてみれば、依頼ポイントこそ実装されていないものの、それ以外に関しては『孤高勇者』で展開されている冒険者ギルドとほぼ同じような機能をもっているようだ。
事細かく説明してくれるレナードの話に胸を熱くさせつつ、それにしても、どうしてレナードはアリルアから遠く離れたハイゼンティアの冒険者ギルドなんかに足を運んだのだろう、とふと疑問に思い当たってしまった。
アリルアには何千人もの騎士が所属する騎士団があるのだから、何か困ったことがあるのであれば、騎士団に依頼するのが妥当だろう。
何といっても、レナードは『アリルア国王立騎士団第一騎士団師団長』という素晴らしい肩書きと実績を持つアレクと大親友なのだ。
アレクを通して依頼をすれば、多少の無理難題くらいであれば、融通を利かせてくれるのではなかろうか、と疑問に思ったことを声に出して聞いてみたらば、途端にレナードは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……だったら苦労はしないんだけどねえ。アレクって見た目通り、ものすごく堅物でさあ。十数年来の付き合いだっていうのに、忙しくてそんな雑用にまで手が回せるか、って言って、全然、取り合ってくれないんだよねえ」
「でもアレクにお願いするのが無理だとしても、騎士団に要請すれば、わざわざハイゼンティアまで足を延ばす必要はなかったんじゃないの?」
「確かにまあ騎士団の方が近場で手っ取り早いし、無償で引き受けてくれるから利便性はいいんだけど、緊急性が高いものから優先されるから、緊急性の低い依頼はどうしても後回しにされちゃうんだよね。ひどい時だと発注をかけてから、一か月以上も待たされたりするしね。今回はちょっと急いでいたから、冒険者ギルドに依頼をかけた方が早いかなって思ってさ」
「ああ、なるほど、そういうことか。ところでレナードの依頼って、どんな内容なの?」
「ああ、うん。ちょっと試してみたい調合があってさ。必要な材料のうちの一つが入手困難な素材で、一般素人が行くには危険な場所だから回収を依頼したんだ」
「そうなんだ。っていうかレナードって調合までできちゃうの?」
「調合に関しては趣味程度の知識しか持ち合わせていないけどね。状況によっては薬草を調合した方が回復魔法なんかより高い効果を得られる場合があるんだ。だから様々な効用を持つ薬草を集めて、どう組み合わせれば、効果値がより上がるかとか、そういうのを色々と調べているんだ」
「へえ、そうなんだあー! レナードって本当に勉強熱心だよね」
幅広く色んなことに取り組んでいるレナードに感心しきって褒めちぎれば、そんな大したことじゃないよ、と少し照れた様子で謙遜したが、いやはや話を聞く限り、趣味の域はとっくに超えているのではなかろうかと思ってしまう。
聖職者として悩める信者たちに救いの手を差し伸べつつ、傍らで身寄りのない子供たちを受け入れる施設の経営者をしていたり、突破率10%以下の上位精霊の試練を一発で合格しちゃうほどの魔力を持っていたり、それだけでもすごいなあ、と思うのに、さらには調合術まで学んでいるなんて、レナードもなかなかに多才ではないか。
「そろそろ行こうか、美緒。今から落ち合う知り合いってのが、依頼の引受人なんだ」
「あ、うん、そうだね」
背中に軽く手を添えたレナードに先を促され、簡素な造りの古びた木製のドアを押し開けば、その先にあったのは、仄暗い地下へと続く階段だった。
地下にあるなんてまるで秘密基地みたいだなあ、と思いつつ、螺旋を描いて下へと向かう階段を下りていたら、がやがやと大勢の人たちで賑わう声とともに、つうん、と鼻の奥を突く刺激臭が漂ってきた。
(あれ、この匂いって……)
嗅ぐだけで悪酔いしそうなくらいの強い刺激臭に鼻を摘まみながら、どこかで似たような匂いを嗅いだことがあるなあ、と、それがどこであったのかを思い出そうとして、ふと行き当たったその記憶に、ああっ! と声を上げると、私は後ろから下りてきたレナードを振り仰いだ。
街の規模としてはそれほど大きくないが、神秘的な色を湛える湖と、緑豊かな森に囲まれたハイゼンティアは避暑地として広く知られ、爵位を持つ貴族や領主といった上流階級の人たちの別荘が郊外にたくさん建ち並ぶ。
それ以外にも観光地としても有名で、一般市民も多く訪れるため、宿泊施設においては、西大陸への玄関口になっている港町カサンドラに次いで二番目に多いそうだ。
お伽噺の世界にでも迷い込んだような美しい景観を持つ街並みは、どこからか白馬に跨った王子様が登場しそうな雰囲気だが、ハイゼンティアにお城はなく、残念ながら、王子様の登場はなさそうだ。
いやしかし、お城はなくとも、別荘を訪れたどこぞの国の王子様と、運命的な出逢いが待っているかもやしれぬ! と乙女ゲームありきな展開も想像してみたが、真夏のハイシーズンはとっくに終え、これから冬支度をしようかというこの時期に、避暑地に足を運ぶ物好きな王子様などいないだろう、という結論に至り、王子様との遭遇に期待するのは、早々に諦めることにした。
……と、まあ、そんなこんなで、野を超え、山を越え、大きな川を越え、二時間半ばかりを費やし、ハイゼンティアに辿り着いた私たちは、街外れにある翼竜を貸し出すお店にリュカを預けると、街の中心部へ向かう舟に乗り込んだ。
さすがは西大陸随一の観光地と謳っているだけのことはあって、船頭さんの多くはガイド役も兼任しているらしく、目的地に向かって舟を漕ぎ進めながら、ハイゼンティアに纏わる様々な知識や情報を面白可笑しく教えてくれたのだが、その内容はなかなかに興味深いものだった。
魔力から抽出される『魔導力』と呼ばれる力で、ハイゼンティアの街は湖面に浮いているんだよ、と教えてくれたのも、今、乗っている舟の船頭さんだ。
湖の上に浮いている事を利用して、ハイゼンティアの街では、道路代わりの運河が、あちこちに張り巡らされている。
運河を行き交いする舟は街に住む人や観光客を運ぶための交通手段だったり、あるいは商売道具を積んだお店だったり、中には宿泊施設として運用しているものもあったりと、その使用用途はさまざまだ。
「ほら着いたよ、美緒」
初めて目にする光景が珍しければ、運河を行き交いする舟を見るだけでも楽しく、船頭さんの話に耳を傾けつつ、あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロと、忙しなく視線を巡らせていたら、いつの間にやら、目的地に着いたらしい。
面白い話をたくさん聞かせてくれた船頭さんにお礼を告げて、レナードの手を取り、ゆらゆらと揺れる舟から降り、ぐうるり、と視線を一巡させれば、船着場の前には、緑豊かな木々に囲まれた公園が広がっていた。
公園の広場には目を瞠るほどの大きな噴水があり、傍らに建つ女神を象った彫刻が傾ける水瓶からは、絶えず、水が流れ落ちている。
おそらく願懸けでもしているのだろう。
噴水の前では恋人同士と思われる若い二人が、水飛沫を上げて立つ水柱に向かって、コインを投げ入れ、何やら祈りを捧げていた。
天幕を張った露店からは食欲をそそる香ばしい匂いが立ちこめ、ワゴンに積んだ可憐な花を売る少女の横では、派手な衣装を身に着けた道化師が、片手に持った大きな帽子の中から鳩を取り出して、道行く人々に手品をお披露目している最中だ。
集まった人たちの熱気に包まれる広場を横切り、露店が並ぶ遊歩道を十分ほど歩いて、公園から抜け出れば、そこから先は市場や商店、診療所、宿屋などが軒を連ねる商業地区となっていた。
整備された石畳の舗道を、からからと音を立てて、豪華な装飾の四輪馬車が、緩やかな速度で通り過ぎてゆく。
舗道側を歩くレナードと他愛もない会話を交わしつつ、お店の軒先に並ぶ様々なアイテムを硝子越しに見て歩いていたら、先へと進むレナードの足がふと止まった。
「着いたよ、美緒。ここで知り合いと待ち合わせているんだ」
そう言ってレナードは目の前に建つ煉瓦造りの建物を、つい、っと指差す。
舗道に沿って建ち並ぶ他の店舗とは違って、赤煉瓦を積んでできたアンティーク調の建物はとても大きく、円やかなアーチを描く楕円形の装飾窓の下には、鉢植えがいくつも吊り下げられ、可憐に咲く花々が色どりを添えている。
看板に書かれた文字は読めないものの、女子受けの良さそうな可愛らしい外観の建物が、宿屋であろうことは暗に想像がつく。
三階建ての建物を見上げつつ、あれこれ観察していたら、行き交う人々の向こう側から、やってきた強面のおじさんが、建物の端の方に設えられたドアを開いて、中へと入ってゆく。
その様子を何気なしに見ていたら、さあ行こうか、と、にこやかな笑みを浮べて、レナードは建物の正面に構える立派なエントランス――……ではなく、その前を華麗にスルーすると、さきほど強面のおじさんが入っていった簡素な造りのドアを押し開こうとした。
従業員専用出入口だとばかり思っていたのだが、どうやら違うらしい。
アリルアの郊外に建つエレーヌさんのお屋敷が『翼竜を貸し出すお店』であることを教えられないまま、強引に中へと押し込まれ、苦い経験をしたことを思い出し、レナードの袖を引っ掴むと、私は慌ててレナードを引き止めた。
「ちょ、ちょ、ちょっ、レナード、待って!」
「どうしたの? 美緒」
「ここって宿屋、だよね?」
「うん、まあ、そんなもんかな。大丈夫だよ、美緒。ここに翼竜はいないから」
「いやいやいやっ、そういう意味じゃなくて! ここが何のお店なのか、きちんと説明してくれるまで、絶対に中には入らないからねっ!」
なんとも曖昧な返事を寄越したレナードの態度を不審に思い、びしり、と指を突き立てて、先手必勝! とばかり、声高らかに宣告すれば、レナードは小さく肩を竦めると、参ったなあ、と溢す。
「分かった。ちゃんと答えるよ。ここは世界各国を渡り歩く冒険者を支援するための組合だよ」
「ギルド……って、セラフィリアにも冒険者ギルドがあるの!?」
レナードの口から飛び出た『冒険者ギルド』という単語を耳にするなり、激しく反応してしまったが、そうなってしまうのも致し方ないだろう。
これまで発売された全シリーズの累計販売本数が一億を軽く超え、今もなお、爆発的な人気を博する国民的RPG『孤高の勇者は大地の果てで儚き夢をみる』も、まさしく冒険者ギルドから壮大且つドラマティックなその物語が始まるのだ。
『孤高の勇者は大地の果てで儚き夢をみる』略して『孤高勇者』シリーズでは、ご近所のちょっとしたトラブル解決から凶悪な魔物の討伐に至るまで、世界各地から集められた様々な依頼を、冒険者ギルドで引き受けることができ、見事に依頼を成功させた暁には、難易度に応じた報酬が受け取れるようになっている。
その報酬はゲーム内通貨であったり、武器や防具といったアイテムだったりするのだが、依頼の難易度が高くなればなるほど、支払われる金額は莫大なものとなり、もらえるアイテムも超激レアな豪華アイテムがもらえるのだ。
なによりも特筆すべきは『孤高勇者』シリーズでは依頼を成功させた際、ギルドポイントなるものが付与され、その累積ポイントに応じて、新たなスキルを覚えられたり、より高度な上級職への転職が可能になる点だろう。
そのため、『孤高勇者』シリーズでは依頼をこなすことこそが強者への近道! とされ、旅の道中で遭遇する雑魚モンスターを倒して歩くよりも効率よくレベリングができる! とメインシナリオの攻略はそっちのけで、毎日配信される新規依頼クリアに勤しむユーザーが多いことでも有名だ。
そんな『孤高勇者』でもお馴染みの『冒険者ギルド』なるものが、セラフィリアにもあるなんて話を聞かされれば、もちろん黙ってなんかいられず、こちらの世界での冒険者ギルドの役割について、あれこれ聞いてみれば、依頼ポイントこそ実装されていないものの、それ以外に関しては『孤高勇者』で展開されている冒険者ギルドとほぼ同じような機能をもっているようだ。
事細かく説明してくれるレナードの話に胸を熱くさせつつ、それにしても、どうしてレナードはアリルアから遠く離れたハイゼンティアの冒険者ギルドなんかに足を運んだのだろう、とふと疑問に思い当たってしまった。
アリルアには何千人もの騎士が所属する騎士団があるのだから、何か困ったことがあるのであれば、騎士団に依頼するのが妥当だろう。
何といっても、レナードは『アリルア国王立騎士団第一騎士団師団長』という素晴らしい肩書きと実績を持つアレクと大親友なのだ。
アレクを通して依頼をすれば、多少の無理難題くらいであれば、融通を利かせてくれるのではなかろうか、と疑問に思ったことを声に出して聞いてみたらば、途端にレナードは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……だったら苦労はしないんだけどねえ。アレクって見た目通り、ものすごく堅物でさあ。十数年来の付き合いだっていうのに、忙しくてそんな雑用にまで手が回せるか、って言って、全然、取り合ってくれないんだよねえ」
「でもアレクにお願いするのが無理だとしても、騎士団に要請すれば、わざわざハイゼンティアまで足を延ばす必要はなかったんじゃないの?」
「確かにまあ騎士団の方が近場で手っ取り早いし、無償で引き受けてくれるから利便性はいいんだけど、緊急性が高いものから優先されるから、緊急性の低い依頼はどうしても後回しにされちゃうんだよね。ひどい時だと発注をかけてから、一か月以上も待たされたりするしね。今回はちょっと急いでいたから、冒険者ギルドに依頼をかけた方が早いかなって思ってさ」
「ああ、なるほど、そういうことか。ところでレナードの依頼って、どんな内容なの?」
「ああ、うん。ちょっと試してみたい調合があってさ。必要な材料のうちの一つが入手困難な素材で、一般素人が行くには危険な場所だから回収を依頼したんだ」
「そうなんだ。っていうかレナードって調合までできちゃうの?」
「調合に関しては趣味程度の知識しか持ち合わせていないけどね。状況によっては薬草を調合した方が回復魔法なんかより高い効果を得られる場合があるんだ。だから様々な効用を持つ薬草を集めて、どう組み合わせれば、効果値がより上がるかとか、そういうのを色々と調べているんだ」
「へえ、そうなんだあー! レナードって本当に勉強熱心だよね」
幅広く色んなことに取り組んでいるレナードに感心しきって褒めちぎれば、そんな大したことじゃないよ、と少し照れた様子で謙遜したが、いやはや話を聞く限り、趣味の域はとっくに超えているのではなかろうかと思ってしまう。
聖職者として悩める信者たちに救いの手を差し伸べつつ、傍らで身寄りのない子供たちを受け入れる施設の経営者をしていたり、突破率10%以下の上位精霊の試練を一発で合格しちゃうほどの魔力を持っていたり、それだけでもすごいなあ、と思うのに、さらには調合術まで学んでいるなんて、レナードもなかなかに多才ではないか。
「そろそろ行こうか、美緒。今から落ち合う知り合いってのが、依頼の引受人なんだ」
「あ、うん、そうだね」
背中に軽く手を添えたレナードに先を促され、簡素な造りの古びた木製のドアを押し開けば、その先にあったのは、仄暗い地下へと続く階段だった。
地下にあるなんてまるで秘密基地みたいだなあ、と思いつつ、螺旋を描いて下へと向かう階段を下りていたら、がやがやと大勢の人たちで賑わう声とともに、つうん、と鼻の奥を突く刺激臭が漂ってきた。
(あれ、この匂いって……)
嗅ぐだけで悪酔いしそうなくらいの強い刺激臭に鼻を摘まみながら、どこかで似たような匂いを嗅いだことがあるなあ、と、それがどこであったのかを思い出そうとして、ふと行き当たったその記憶に、ああっ! と声を上げると、私は後ろから下りてきたレナードを振り仰いだ。