紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~

新たな出会いは波乱の予感?②

「そんなに慌ててどうしたんだい? お部屋の中に入るときは、中から返事があるまで入ってはいけないと教えただろう? そんなのじゃあ、シャルロットが目指している“素敵なレディ”にはなれないよ?」
「あ、いけない! ついうっかり忘れていたわ。ごめんなさい、おばあちゃま」
「次からは注意するんだよ。それよりもずいぶんと手が汚れているじゃないか? どうしたんだい?」
「あのね、フェルゼンおじいちゃまがご病気だって聞いたから、農園の畑でイリーゼの実をとっていたの! こーんなにも大きな実がとれたのよ! だからね、温かいスープを作ってもらえるよう、コック長のハンスにお願いしてきたの!」
「そうかい、そうかい。それはフェルゼン爺さんも、さぞかし喜ぶだろうよ」
「イリーゼの実が入ったスープを飲めば、フェルゼンおじいちゃまのご病気も治るのよね? おばあちゃま」
「ああ、そうだね。きっと元気になるさ」
「わあーい! これでまたフェルゼンおじいちゃまと一緒に遊べるのね!」
「そうだね。フェルゼン爺さんが元気になったら、またいっぱい遊んでもらうといいよ。イリーゼの実をいっぱい集めてお腹も空いただろう? 今日はシャルロットが大好きなバナナのパウンドケーキを焼いたから、手を洗っておいで」
「わあーい! やったあ! すぐに手を洗ってくるね!」

 どの世界に於いても、子供というのは、総じてお菓子が大好きというもの。
 マルティーヌさんからおやつの時間を告げられ、菫色の大きな瞳をきらきらと瞬かせて、屈託のない笑みを浮べると、くるり、と踵を返して、シャルロットは、たたたたたっ、と小走りで、部屋の出入り口へと駆けてゆく。
 そうしてからドアの前で立ち止まると、うんせと背伸びをして、目線よりも少し高い位置にあるドアノブを掴もうとして、その直後、何かを思い出したように、あっ! と声を上げると、シャルロットは慌てた様子で、こちらの方を振り返った。

「いけない! 大切なご用件があったのを忘れるところだったわ! レイチェルおねえちゃん、あのね、ジルバ―座長が探していたよ? おねえちゃんを見かけたら、すぐに来るよう伝えてほしいって頼まれていたの!」
「ジルバ―座長が? うーん、何の用だろう。私も一緒にお茶したかったんだけどなあ……でも急ぎみたいだし、諦めるしかないかあ。残念だなあ」
「しばらくはハイゼンティアに滞在する予定なんだろう? だったらまた来ればいいさ。今度はレイチェルが大好きなレモンパイを用意しておこうかねえ」
「本当に!? そりゃあ楽しみだ! じゃあ、今日はこれでおいとまするよ。シャルロット、手を洗いに行くんだろ? 途中まで一緒に行こうか」
「うん!」

 おやつの時間が楽しみなのは、子供だけではないらしい。
 心底から残念そうに肩を落としたレイチェルさんを見兼ねて、マルティーヌさんが元気づければ、レイチェルさんは、ぱあっ、と、その表情を明るくさせる。
 その反応はまるで子供のようだ。
 まあ御年73歳のマルティーヌさんからしてみれば、私はもちろんのこと、レイチェルさんやレナードでさえも、施設で暮らす子供たちと、さほど変わらないように見えているのだろう。
 なんてことを思っていたら、泥だらけのシャルロットの手を引いて、レイチェルさんが部屋から出ていこうとした。

「あ、待って! レイチェルさん!」
「ん? どうしたんだい? ミオちゃん」

 助けてもらったお礼をまだ言ってなかったことに気づいて、レイチェルさんの背中を引き留めれば、小首を傾げながら、レイチェルさんが振り向く。

「そのお礼を言ってなかったなと思って。今日は色々と助けて下さって、ありがとうございました」
「いやだなあ。そんな改まって礼を言われるほど、大したことをしたつもりはないよ。荒くれ者が多い酒場じゃあ、今日みたいなトラブルは日常茶飯事のことだしね。まあでもこれからは気をつけなよ」
「はい、気をつけます」
「ああ、そうだ。あのさ、秋の収穫祭に合わせて世界各地を回る予定なんだ。アリルアでも開催するって話だから、詳細が決まったら招待状を送るから、良かったら観にきてくれないかな?」
「本当ですか!? もちろん観に行きます!」 

 レイチェルさんからの素敵な誘いに、わあー! 楽しみだなあー、と心を浮き浮きさせたものの、秋の収穫祭となると、ずいぶんと先の話だ。
 はたして自分はその頃までセラフィリアにいるのだろうか。
 ふとそんなことを思って数秒後、そんなの考えるまでも及ばなかったことに気づき、私はがっくしと項垂れた。
 セラフィリアで暮らし始めてから、かれこれ一か月半が経とうとしているが、日本に戻る方法はおろか、なぜ自分がこの世界に飛ばされたのか、その要因すら未だ分かっていないのだ。
 今のところ『偶然現れた時空の歪みに迷い込んだのだろう』という説が一番有力視されているが、その説が正しいのだとすれば、元の世界に戻れる可能性は限りなく、ゼロに近いとまで言われている。
 となれば、先ほど感じた心配はまったく不要だろう。
 だって秋の収穫祭どころか下手をすれば、その先々で行われる時節に合わせた祭事の全てに、毎年参加しているかも知れないのだ。
 現時点ではどう足掻いても日本には戻れない、という現実を再認識することとなってしまい、軽く凹んでいたら、そんな私とは対照的にレイチェルさんは満面に笑みを浮べる。

「そう言ってもらえると毎日の稽古にも励みが出るよ! じゃあ今度は秋の収穫祭で会えるのを楽しみにしているよ」
「はい! 私も楽しみに待ってますね!」

 何とも言えない複雑な心境に陥りつつ、ひらひらと小さく手を振って、レイチェルさんとシャルロットが部屋から出てゆくのを見送っていたら、かちゃり、と陶器が擦れる音が背後で響いた。

「あ、私も手伝います!」
「お茶の用意くらいなら、私一人で大丈夫だよ」
「でも……」
「遠慮なんてしなくていいから、座って待っておいで」

 片づけを始めたマルティーヌさんを手伝おうとして、すぐさま止められてしまう。
 遠慮するなと言われたものの、目上のマルティーヌさんが、せっせと動き回っているのに、ただ座って待つだけなんて、そんな失礼なことはできないと思っていたら、マルティーヌさんは問答無用と言わんばかり、私の背中を押して陽当たりの良い窓際まで連れてゆく。
 強引に押しやられてしまい、どうしたものかと困惑していたら、一人用のソファーでまったりと寛いでいたレナードが、ちろり、と、こちらに視線を投げかけてきた。

「一度言い出したら師匠は聞く耳を持たないから、諦めて座った方が賢明だと思うよ?」
「……って誰に向かってそんな口を利いているんだろうねえ? 私はそんな軽口を叩くような弟子を育てた覚えはないよ。まあいいさ。後は頼んだよ、レナード」

 白い毛が混じった眉毛を、ぴくり、と持ち上げて、ちょっと不服そうな表情を見せたものの、すぐさま穏やかな笑みを浮べると、マルティーヌさんは倍返しどころか、それ以上の皮肉をたっぷりと込めた言葉で以って応じると、壁で仕切られた奥の部屋へと入ってゆく。

「本当に師匠には敵わないなあ。ほら、ここに座りなよ」

 ものの見事に返り討ちを喰らったレナードが、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら、空いているソファーを、とんとんと指の先で叩く。
 レナードに言われるがまま、隣のソファーに、すとんと腰を下ろせば、レナードは読んでいた分厚い本を、ぱたり、と閉じた。
 怪我の手当てを終えてから、ずいぶんと静かだったから、どうしたんだろう、と少し気になっていたのだが、どうやら本を読み耽っていたらしい。
 ずっしりとした厚みのある背表紙には、金色のインクでタイトルと思しき流麗な文字が書き連ねられているが、文字というよりは絵に近いそれを読むことはもちろんできない。
 レナードのことだから、きっと薬草とか調合とか、そういった関連の本なんだろうなあ、と案に予想できたが、特にこれといった話題も思いつかなかったので、敢えて聞いてみることにした。

「ねえ、ねえ、何の本を読んでいたの?」
「ああ、これ? これは調合用素材の一覧が載った本だよ。さっき冒険者ギルドで引き取った素材の詳細を調べていたんだ。ずいぶんと昔の話だけど、発注(オーダー)していたものと、よく似た偽物を掴まされたことがあってさ」
「ええっ!? それって詐欺じゃない!」
「よく確認せずに依頼(ミッション)を完了させて、成功報酬を渡した俺にも落ち度はあるんだけどね。まあいい勉強にはなったかな。そういう苦い経験をしたから、今は信頼できる仲介人を通してしか依頼しないよう、細心の注意は払っているんだけど、念のため、確認だけはしておいた方がいいかなー、と思ってさ」

 興味本位で投げかけた質問が、とんでもない展開の話になってしまい、啞然としていたら、のほほんとした口調で、レナードはそんなことを言うけれど、いやいやいやいや、何を暢気なことを言ってるの!? それ日本での話だったら警察もしくは消費者センターに通報するような事案なんだからね!
 いやはやそれにしても、アコギな商売で善良な市民を(たぶら)かし、あぶく銭を稼ぐ小悪党というのは、どこの世界にも一定数はいるようだ。
 警戒心がなさすぎると皆から言われているし、私も騙されないように注意しなきゃなあ、と気を引き締めたものの、そもそも騙し取られるほどのお金など、これっぽちも持っていなかったことに気づき、それって騙される以前の問題じゃないか! と別の意味で嘆いていたら、奥の部屋から香ばしい匂いが漂ってきた。
 香ばしさの中にほんのりと混じる甘い香りはバナナ特有のものだ。
 食欲をそそる美味しそうな匂いに、すんすんと鼻を鳴らしつつ、そういやシャルロットに関して、まだ何の情報も仕入れてなかったなあ、と思い、今度は彼女のことについて質問してみることにした。

「ねえ、ねえ、シャルロットって、ここで暮らしているんだよね?」
「ああ、そう言えば、美緒は初対面だったね。シャルロットは師匠の曾孫だよ。色々と事情があって、今は師匠と一緒にここで暮らしているんだ」
「マルティーヌさんの? ああ、だから可愛らしいドレスを着ていたのね」
「ドレスがどうかしたの?」
「ううん。別に深い意味はないんだけど、普段着でドレスを着ているのって、ちょっと珍しいなあって思ったから」

 もちろん施設で暮らす孤児たちだって、誕生日や季節のお祭りなど、特別なイベントがある時は、うんとおしゃれをして着飾ることはある。
 けれど最低限必要な衣食住が、無償で約束される代わりに、彼らは日々、掃除や洗濯や買い物――……いわゆる家事全般を手伝うことが義務付けられている。
 だから華美な装飾が施された服では動きにくく、平時はみんな簡素な服で過ごすことが多いのだ。
 だから上質の生地で仕立てた可憐なドレスを着ているシャルロットを見たとき、少し違和感を覚えたのだけれど、なるほどマルティーヌさんのひ孫だったのか。

(だからあんなに可愛いドレスで着飾っていたのね)

 心の片隅に引っかかっていた疑問がすっきりと晴れて、そっかそっか、と一人納得していたら、何かを思い出したみたく、ああ、そうだと言って、レナードがぽんと手のひらを打つ。

「よく当たると評判の占星術師がいるって、出かける前に話しただろ? あれ、師匠のことなんだ。今は神官職に落ち着いているけれど、若い頃は王宮付けの占星術師だったみたいでさ」
「へえー、そうなんだ。マルティーヌさんって多彩な才能を持っているんだね」
「師匠に限っては、才能、というよりは、生まれついた特殊能力って言った方が正しいかな」
「特殊能力、って、何それ?」
「ああ、うん。師匠の血筋であるアレグリー家は、魔法とは異なる特殊な能力を持つ家系でさ、どういうわけだか、アレグリー家に誕生した女の子だけに、その能力が引き継がれていて、人々からは『銀の乙女』と呼ばれているんだ」
「えっ!? 銀の乙女!? ……って()()()()()()()()()『銀の乙女』って呼ばれているの!?」
()()()って、え、なに? もしかして美緒がいた世界にも『銀の乙女』がいたの?」

 馴染みのある単語がレナードの口から飛び出たことに驚いて声を上げれば、夜空で輝く星を写したみたいな銀の瞳を、ぱちくり、と瞬かせて、レナードが不思議そうに首を傾げる。
 私がレナードの言葉に過剰に反応してしまった理由はもちろんアレだ。
 国民的RPG『孤高の勇者は大地の果てで儚き夢をみる』にも、主人公である冒険者(プレイヤー)の壮大な旅をサポートする女神さまが登場するのだが、彼女の呼び名もまた『銀の乙女』なのだ。
 孤高勇者でお馴染みの呼び名が出てきたものだから、ついうっかり反応してしまったが、ようよう考えてみれば、ファンタジーな世界を取り扱ったゲームや映画・小説なんかでは、銀の○○と呼ばれる存在は、それほど珍しいものでもなく。

「あ、ううん、違うの。小さい頃に良く読んでいた()()に『銀の乙女』っていう女神さまがいたから、ちょっと驚いちゃった」
「ああ、なるほど。そういうことか」

 大好きなゲームに登場するキャラなの! と明かして、孤高勇者の素晴らしさを存分に語りたかったのだけれど、自動翻訳機では変換してくれなさそうだったので、ゲームの部分を絵本に置き換えて説明していたらば、

「おやおや、ずいぶんと盛り上がっているようだけど、何の話をしていたんだい?」
「マルティーヌお婆さまが有名な占星術師だったって話を聞いていたんです」

 奥の部屋から出てきたマルティーヌさんの問いかけに答えれば、ティーセットやお皿をテーブルに並べていたマルティーヌさんの手の動きが、ぴたり、と止まる。
 何かまずいことでも言ってしまったのだろうか、と、ちょっと不安に思っていたら、マルティーヌさんはやれやれと小さく息を吐くと、つい、とレナードへ視線を向けた。

「ハイゼンティアまで来たからには、何かしらあるだろうとは思っていたけれど――……今日はどんな用件があって来たんだい? レナード」
「ああ、うん。ちょっと色々とあってさ。師匠の能力(ちから)を借りられないかなと思ったんだ」
「ああ、そういうことだったのかい。そうだねえ、こんな老いぼれでも、誰かの役に立つのなら、力添えをしたいところだけれど、『銀の乙女』としての力を求めているのなら、悪いけれど協力はできないよ」

 穏やかな物言いではあるものの、揺らがない意志を秘めた強い口調で、マルティーヌさんは力にはなれないと、きっぱりと断る。
 そんなマルティーヌさんに対して、「そこを何とかお願いできないかなあ」とレナードが尚も食い下がれば、淹れたての紅茶をカップに注いでいたマルティーヌさんは、桜色のティーポットをテーブルの上に置くと、菖蒲(あやめ)を思わせる鮮やかな紫を湛えた瞳をまっすぐに私に向けてきた。

「遠方からわざわざ訪れてきてくれたというのに、力になってやれなくて、すまないねえ」
「いえいえ! マルティーヌお婆さまが謝ることではないですから、気にしないでください!」

 心底から申し訳なさそうに謝られてしまい、どうすればいいか分からず、困惑してしまう。

 精霊や妖精や魔法といった存在が公認されている世界で行われる『占い』が、どんなものなのか、ちょっと気になってはいたけれど、どちらかといえば、占いよりも温泉に入ることの方が楽しみだったから、私としても、無理を押し通してまで占ってもらおうなんて思ってもいない。
 とにかくこの場をどうにか納めないと、と頭を下げるマルティーヌさんに、おろおろとしていたら、意外なところから救いの手が差し伸べられた。
 ノックもなしに、かちゃり、とドアが開く。

「おばあちゃま、このおねえちゃんのことを占ってあげて? ね、いいでしょ?」

 そんな声とともに淡いピンク色のドレスの裾を翻して、たたたたっ、と駆け寄ってきたのは、屈託のない笑顔を浮かべたシャルロットだった。

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