紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~

罪を知る者と罰を乞う者③(アレク視点)

「アレクシオ! これはどういう事か説明しろ! 答えによっちゃあ、二度と起き上がれなくなるくらい、ボコボコにぶん殴ってやる!」

 いつになく不機嫌オーラを全開にさせて、怒り心頭、声を荒らげ、物騒なセリフを吐き捨てているのはジオルドだ。
 日頃から、にこにこと笑顔を絶やさない『みんなの兄貴』的存在であるジオルドが、ここまで怒るのは非常に珍しいことなのだが、まあ、あんなことがあれば、ジオルドが激怒するのも、致し方ないことだろう。
 何せ、二日前、二股をかけていたことがバレて、激怒させてしまった花屋のマリアンナと、どうにかこうにか和解することに成功し、先日のお詫びにと改めて『翠玉(エメラルド)亭』の当店一押し料理長(シェフ)の特選おススメ昼食(ランチ)コースを仲睦まじく嗜んでいたところに、いきなりアレクシオが乱入してきたのである。
 それも、小前菜(アミューズ)前菜(オードブル)、スープと順を追って、振舞われる料理を美味しく頂き、いよいよこれからメインの一つである魚介料理(ポワソン)が、運ばれようとしたそのタイミングで、だ。
 もちろん、この由々しき事態(ハプニング)をマリアンナが笑って許すわけもなく、楽しかったはずの昼食時間(ランチタイム)を台無しにされ、激怒したマリアンナは、何故だか()()()()()ではなく、ジオルドに平手打ちを喰らわせると、「ジオルドなんて最低! もう二度と会わないわ!」と捨て台詞を残し、料理店(レストラン)から立ち去ってしまったのだ。
 だがしかし、アレクシオの強行は、それだけに留まらず、マリアンナに平手打ちを喰らい、呆然としているジオルドの首根っこを掴んだかと思えば、非常事態だ。着いてこい。これは命令だ。などと訳のわからぬことを言い出すと、有無も言わさず、教会に隣接する孤児院へと連行したのだ。
 主役料理(メインディッシュ)である魚介料理(ポワソン)肉料理(アントレ)はもちろんのこと、食後のデザートやカフェ・プティフールも、まだ食べていないというのに、だ。
 もとを正せば、二股などかけていなければ、このような悲劇は起こらなかったのであろうが、とにもかくにも、とんだとばっちりを受け、踏んだり蹴ったりの憂き目に遭うこととなり、先に述べたような暴言を吐いたジオルドだったのだが。

「……というか、ジオルド副師団長殿。怪我人が眠っている部屋で、わーわーと大声で喚き散らすのは、ご遠慮願いたいのですが」

 ジオルドが孤児院にしょぴかれてきた背景に、そのような悲劇があったことなど、露ほども知る由のないレナードが、抑揚のない平べったい声で、黙れ、と注意を促せば、ジオルドは、うぐり、と声を詰まらせると、慌てて口を噤む。
 その様子を横目で流し見つつ、険しい表情はそのまま、レナードは視線の先をアレクシオへ移した。

「ジオルド副師団長の暴言はさておくとしても、昨夜からの一連の流れについては、きちんと説明すべき責任があるんじゃないのか?」

 ぎゃんぎゃんとうるさく()えたてるジオルドの暴言には耳を貸さず、壁に寄りかかったまま、じっと一点を見つめ、物思いに耽っていたアレクシオは、レナードが放ったその声に我に返ると、鋭い眼差しを向けるレナードを見返した。
 色々と準備があるから落ち着いたら話すと、一度は曖昧に濁した話を蒸し返され、ああ、と返事をしたものの、当事者であるミオの意向を確認しないまま、全てを打ち明けて良いものだろうか、とためらう気持ちを、どうしても捨てきれず、アレクシオは黙り込んでしまう。
 けれども確認したくても、当事者であるミオは相変わらず眠ったままで、意思疎通などできそうにもないし、かと言って、ジオルドやレナードの協力を得られなければ、この先に展開されるであろう事態を乗り切るのは、ほぼ不可能だと言っていいだろう。
 予測される窮地を乗り切るために、あれこれと整えた布石を無駄にするわけにはいかないし、ぐずぐずと迷っている余裕など、一分たりともないのが実状だ。
 今の状況で黙秘を貫くという選択肢はないな、という結論に至り、はあ、と溜め息を一つ落とすと、アレクシオは迷う気持ちをかなぐり捨て、本題を切り出すことにした。

「単刀直入に言う。彼女は――……ミオは『月に呼ばれし異端者』だ」

 アレクシオが口にした言葉通り、前置きもへったくれもなく、いきなり投下された爆弾発言に、レナードも、ジオルドも、それ以上ないというくらい、大きく目を見開くと、美術館に展示されている彫像がごとく、ぴきり、と固まってしまう。
 時が止まったがごとく、その動きを停止させた二人が、ふたたび反応を示したのは、まもなく一分近くが経過しようとした頃だっただろうか。

「うええええええええええっ!? って、ちょ、ちょっと待て! アレクシオ! お前、本気で言ってんのか!?」
「えええええええっ!? って、ちょっと待って、アレク! ミオが『月に呼ばれし異端者』って、どういうことなの、それ!?」

 ぎゃんぎゃんとうるさく喚き立てていたジオルドはもとより、静かにしろ、とジオルドを咎めていたレナードまでもが、素っ頓狂な声を上げて驚く。

「嘘でも冗談でもない。もう一度、言う。穢れた世を浄化させるため、全てを破壊し尽くし、無に還すと忌み嫌われる存在である『月に呼ばれし異端者』は、紛れもなくミオだ」

 どういうことだと詰め寄ってきたレナードとジオルドに対して、ミオが『月に呼ばれし異端者』であることを、もう一度、はっきりと伝えると、(たが)が外れたのだろう。
 アレクシオはこれまでの経緯(いきさつ)を滔々と語り始めた。

 一月半前に起きた月蝕の夜に、オルレーヌの丘でミオと出会ったこと。陛下から異端者の抹殺を命じられていたにも関わらず、ミオを殺せなかった理由。ここにきてヴィクトールが何らかを嗅ぎつけたこと。それを踏まえてミオにすべてを打ち明けたこと。
 そうして間が悪いことに、そこにディハルトが居合わせてしまい、昨夜の騒動へ発展したことなど、一連の流れをざっくりと大まかに纏めて、洗いざらいすべてを打ち明ければ、あまりにも衝撃的なその内容を、すぐには受け止められないのだろう。
 レナードも、ジオルドも、信じられないといった様子で、ベッドに身体を横たえて眠るミオへ視線を落とす。

 昨夜、ディハルトに極限まで追い詰められ、その身体も、心も、深く傷ついたせいだろうか。
 すぐ傍でこれほどまでやんやと騒ぎ立てているというのに、固く閉ざされたまぶたが開く気配はなく、ミオは深い眠りに就いたままだ。
 これだけ騒いでも、目を覚まさないミオが逆に心配になり、アレクシオを含め、それぞれが複雑な心境を抱えながら、しばしの間、彼女のことを見下ろしていたが、やがて息をするのも(はばか)れるほどの重苦しい沈黙を破り、真っ先に口火を切ったのはジオルドだった。

「いや、ちょっと待て、アレクシオ。お前の話がすべて真実だったとして、お前は自分が何をしようとしているのか、ちゃんとその頭で理解しているのか!?」
「ああ、そうだな。きちんと理解をしたうえで、行動に移しているつもりだが?」
「って、アレクシオ! 余裕をこいてる場合じゃないだろうが! いいか、よく聞けよ。陛下の命に背いたってだけでも重罪だっていうのに、あろうことか、第一騎士団師団長という立場にありながら『月に呼ばれし異端者』を匿っていたんだぞ! 国外追放どころか、下手すれば、死罪を受けることになるかも知れない。お前はそれを分かっていて、それでもまだミオを匿うつもりなのか!?」
「ああ、そうだな。一月半前にミオの命を奪えなかった時点で、何らかの処罰を受けるだろうことは想定していたし、最悪の場合、極刑は免れないだろうと、その覚悟も、疾うの昔にできている」
「ってお前はどこまでド阿呆なんだ! たかだか()()()()()に自らの命を預けるとでも言うのか!?」
「ああ、そうだ。()()()()()()にだって命はある。たとえそれが陛下の命であろうと、何の罪もない獣の命を簡単に切り捨てられるほど、俺は冷酷非情にはなれない。逆に聞くが、お前が俺と同じ立場にあったなら、右も左もわからない珍獣を見捨てて、その場でその命を奪えたとでも言うのか?」

 息を吐く間もなく、次から次へと矢継ぎ早に捲し立てていたジオルドだったが、冷静に返されたアレクシオのその問いには、さすがに言葉を失い、うぐ、と声を詰まらせると、黙り込んでしまう。
 ああ、俺ならそうしていたぞ! と答えたいところだが、ジオルドとて、人の心を持っているのは、アレクシオと同じだ。
 返す言葉など見つけられるはずもなく、あー! クソが! と苛立たしげに吐き捨てると、ジオルドはどこにも持っていきようのない感情をぶつけるように、短く刈り上げた銀色の髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。
 良くも悪くもアレクシオとは十年以上もの付き合いだ。
 こうなってしまったら最後、アレクシオが自分の意志を曲げるなど、絶対にありえないことをジオルドは嫌というほど知っている。
 それと同時に今こうして立ち会わされているということは、それすなわち、これから起こるであろう騒動に()()()()()()()()()ことを示唆しているのだと気づき、アレクシオを説き伏せることを早々に諦めると、ジオルドはどうにか切り崩せまいかと、別の角度から攻めてみることにした。

「ああ、わかった、わかった。お前の言いたいことは良ーくわかった。それでお前は彼女をどうするつもりなんだ?」
「可能であれば、元いた世界に戻してやりたいが、現実的に考えても、それは不可能だろう。だがこのまま黙ってミオをヴィクトールに渡すわけにもいかない」
「よりにもよってヴィクトールかよ。総帥もたいがい厄介だが、相手が卿相ともなれば、かなり面倒なことになるぞ。まあ、お前がそこまで言い切るってことは、何らかの策があるんだろうけどさあ」
「策と言えるほど大層なことでもないが、とにかくミオをどこかへ逃がすつもりだ」
「はああああっ!? 逃がすってどこに!? それ以前、重傷を負っているミオをどうやって移動させる気だ!?」

 アレクシオから色々と聞き出しつつ、どこかに解決の糸口はないかと、探りを入れるつもりでいたジオルドだが、アレクシオにしては、あまりにも単純なやり口に驚いてしまい、素っ頓狂な声を上げて、当然までの疑問を投げかければ、ああ、そのことだが、と頷いて、アレクシオは先に続く言葉を紡ぐ。

「ミオを逃すための手筈は既に整えている。あとは協力者を探すのみだ」
「協力者……って、おい、アレクシオ。まさかとは思うが、レナードと俺をここに連れてきたのは――……」
「さすがは第一騎士団副師団長を務めているだけのことはあるな。こちらから面倒な説明をせずとも、察してくれるのは、非常にありがたいことだ」
「はあああああっ!? っておい! ちょっと待て! アレクシオ! 『月に呼ばれし異端者』の()()に荷担したとなれば、俺も、レナードも、ただでは済まされないと分かってて言ってんのか!? っていうかレナード! 黙り込んでいないで、お前からも何か言ってやれ!」

 あろうことか片棒を担げと言い出したアレクシオに呆れ返りつつも、もうここまで来てしまったら、一人ではどうにも太刀打ちならないと判断し、レナードに援護射撃を依頼したジオルドだったが。

「俺はそれでも構わない」
「――……は?」
「俺はアレクよりも、ずっと近い距離で、彼女のことをずっと見てきた。この孤児院で子供たちと一緒に過ごす彼女のことを。だからこそ、アレクの想いが痛いほどわかるんだ。たとえミオが『月に呼ばれし異端者』であったとしても、彼女がこの世界に破滅を齎す存在だとは到底思えない。アレク、俺は協力するよ。何をすればいい?」
「レナード、お前……」

 ここに至るまでの経緯(いきさつ)を話してからというもの、ずっと黙り込んだまま、身動ぎ一つしないレナードのことを少し心配していたのだが、そんなレナードから思いがけない言葉を投げかけられ、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じながら、自分の考えに賛同をしてくれる相手がいたことに、アレクシオは、ほっ、と安堵の息を吐く。
 そんなアレクシオとは真逆に焦ったのはジオルドだ。
 思い描いていた展開(シナリオ)ではレナードを味方につけ、アレクシオを思い留まらせるはずだったのに、その目算は大きく外れ、気がつけば、孤立無援の崖っぷちへと立たされているではないか。

「って、ちょ、ちょっと待て! アレクシオも、レナードも、もう少し落ち着いて冷静に考えろってば!」
「残念なことに俺は至って冷静だぞ、ジオルド。寧ろ、落ち着きがないのは、お前の方だと思うが?」
「俺も至って冷静ですよ。ジオルド副師団長殿」

 揃いも揃って自分の思惑とは相反する台詞をしれっと告げられ、ますます己の立場を悪くさせたジオルドは、うぐっ、と声を詰まらせながらも、どうにか状況の改善を謀れないものか、と試みようとしたものの。

「ああ、わかったよ! 協力すればいいんだろう! 協力すれば! さっさと要件を言いやがれ! アレクシオ!」

 これ以上、悪あがきをしたところで、どうにもならないと観念したのだろう。
 半ばやけくそ気味に喚き散らすジオルドを横目に見やりつつ、少し強引だったかもしれないと申し訳なく思いながらも、これからのことを二人に説明しようと、アレクシオが口を開きかけたその直後。

 ガタゴトと石畳を派手に打ちつけながら、こちらに向かって、猛スピードで近づいてくる四輪馬車の車輪と、複数の馬が駆ける蹄の音が、開け放たれた窓の向こうから聞こえたことに気づき、身を翻して窓辺へと駆け寄ったアレクシオは、視界に捉えたそれに、ちっ、と小さく舌打ちをすると、後ろに控えるレナードとジオルドを振り仰いだ。

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