紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~
アルトゥールからの素敵な贈りもの①
「時間を止めている? ……ってどういうことそれ???」
「どういうことも何も言ったままの意味ですよ。元の世界のことは気にせず、心置きなく、月王様の解放に取りかかってもらうための救済措置といったところですかね。とはいえ、止めていられるのは、こちらの世界に召喚されてから三年以内まで――となっていますが」
「えーっと要するにセラフィリアで三年の月日が経ったら、元いた世界の時間は自動的に動き出すってこと?」
「ええ、そうです。裏を返せば、月王様を解放するための制限時間は最大でも三年まで、という意味合いも含めているんですけれどね」
「それってもしも三年以内にツキオウ様を解放できなかったら、そのときはどうなるの?」
当然までの疑問をぶつければ、アルトゥールは眉間に皺を寄せて、うーん、と唸り声を上げると、頭を抱えこんでしまう。
そんなに難しいことを聞いたつもりはないんだけれどなあ、と戸惑っていたら、しばらく思い悩んだ末、アルトゥールは渋い表情はそのまま、そうですねえ、と呟く。
「この世界が創世されてから、かれこれ五十六億年と少し。それほどまでに気が遠くなるような長い時間の中で、人が生み出されたのは、おおよそ548万年ほど前のことです。その頃からざっくりと大まかに数えて、約5480回の異変が起きていますが、月王様が封印されてしまったのは、そのうちのわずか十数回ほどのこと。その限られた回数のうちで、制限時間である三年を超過したという事例はありませんので、正直、私にもどうなるのかは分かりません。
ですが、これまでに不運にも『月に呼ばれし解放者』として、セラフィリアに召喚されてしまった皆さんのほとんどは、一年以内に月王様を解放されていますし、一番時間がかかった事例にしても、二年もかかりませんでしたので、おそらくその辺りの心配は不要なものかと思われます。あ、ちなみにこれは余談ですが、美緒さんは通算十八代目の『月に呼ばれし解放者』となります」
まるで些末事でも語るかのように、軽い口調で話しているけれど、56億年前だとか、548万年前だとか、あまりにもスケールがデカすぎて、脳内の情報処理がまるで追いつかない。
それでもこれまでに約5480回も異変が起きたにもかかわらず、実際に封印されたのは、二十回にも満たないというのは、なかなかにすごいことではなかろうか。
いや、それ以前、これまでに約5480回も命を狙われたのかと思ったら、何だかツキオウ様とやらが、ちょっぴり気の毒に思えてきた。
(いやはや、それにしても、なんだか頭が痛くなってきたぞ)
飛び交う天文学的スケールの数の羅列に、つきり、と痛みを訴えたこめかみを押さえつつ、はあ、と小さく溜め息を吐いていたら、長衣の裾にくっついた木の葉を払い落としながら、立ち上がったアルトゥールが、よく通る涼やかな声で、美緒さん、と名前を呼ぶ。
自分の名前を紡いだ声に導かれるよう、顔を上げれば、アルトゥールは薔薇色に色づく艶やかな唇を、ゆるり、と解くと、咲き綻ぶ花のように、艶やかな笑みを瞬かせた。
絶世の美姫が浮べたその美しい笑みに、ごくり、と生唾を飲み込みつつ、ぴきり、と固まっていたら、宝石のように煌めく翠の瞳にまっすぐに見つめられてしまう。
「改めてもう一度申し上げます。封印されてしまった月王様を解放するには、『月に呼ばれし解放者』である美緒さんの力がどうしても必要なのです。私にできる範囲で――ではありますが、万全のサポートも尽くさせていただきます。ですので、どうか、お力添えをいただけませんか?」
少し前にも言っていたそれをもう一度口にすると、アルトゥールは折り目正しく腰を折って、深々と頭を垂れる。その拍子に、さらり、と流れ落ちた金色の毛先を凪ぐ風が、くるくると躍らせるのを眺めやりつつ、私は胸に手を押し当てると、すうっ、と大きく息を吸い込んで吐き出した。
こちらの世界の月に異変が起きてからというもの、世界的大規模で異常気象や天変地異が頻発し、洪水や干ばつによって、多くの作物が不作となり、一部の地域では深刻な飢饉が進んでいるというし、また度重なる自然災害によって生活基盤が崩れ、多くの人々が職を失い、貧困に喘いでいるという話も聞く。
さらにはこの世界を襲っている事態は、そればかりではなく、月の魔力によって抑制されていた魔物の凶暴性も、数段と増し、昼夜構わず、群れを成して襲いかかってくるらしいし、最近では主だった棲息地である森や野山から、ずいぶんと離れた街中にまで現れ、運悪くそこに居合わせた人が襲われた、という被害も続出しているらしい。
まあ一番最後の街中で魔物とばったり出喰わすという事例は、私自身も経験済みなんだけれども。
なんにせよ、月に異変が起きてから以降、セラフィリアでは、世界中のありとあらゆる場所で、様々な災厄が起きているということだけは、確かなようだ。
世の中、ギブアンドテイクだ、と言い切ったものの、それら災厄の全ての原因が『ツキオウ様が封印された』ことに起因するのであれば、たとえ見返りが約束されなくても、自分がセラフィリアに喚ばれた本当の理由を知った今、『自分には関係のない話だ』といって、見過ごすわけにもいかないだろう。
それに見返りならもうすでに受け取っているはずだ。
どういう絡繰りなのかはわからないが、元いた世界の時間が止まっているというのは、私にとっては、これ以上にない最高の見返りだし、何より一番の収穫は、全てを破壊し尽くし、無に還すとかっていう破滅フラグを回避できたことだろう。
であれば、もう答えは一つしかないではないか。
「わかった。私がセラフィリアに喚ばれた理由が、封印されてしまった月王様を解放することなんだったら、『月に呼ばれし解放者』としての役目を最後まで全うできるよう全力で頑張るわ。それで具体的には何をすればいいの?」
とりあえずやれることはやろう、と覚悟を決めて、『月に呼ばれし解放者』としての役目を受け入れることを約束すれば、アルトゥールは両手をぐっと握り締め、本当ですかあああああ!? と、その表情を、ぱあああっ、と明るくさせて喜ぶ。
そうしてから、ずずい、と詰め寄ってくると、アルトゥールはやおら私の両手を掴み取り、ぎゅむむむむむっ、と痛いくらい強く握り締めると、その美しい顔を、ぐいっ、と近づけた。
「ありがとうございます! 美緒さん! それでこそ月王様に選ばれし御方というものです!」
「うわわわわっ! って、ち、ちかいちかいちかいーーっ!」
「あ、嬉しすぎて、つい興奮しちゃいました!」
あまりにも距離が近すぎると、焦っていたら、失礼しました、と言って、握り締めていた手を、ぱっ、と放すと、アルトゥールは一歩後ろに引いて、適度に距離を保つ。
そうしてから、ゆるり、と口を開くと、『月に呼ばれし解放者』として、これから何をすれば良いのかを語り始めた。
「結論から申し上げますと、美緒さんには世界に散らばる『聖宝』を集めていただきたいのです」
「聖宝? ってなにそれ?」
「はい。読んで字のごとし『聖なる秘宝』のことです。『聖宝』がどういうものか、具体的に申し上げますと、月王様は自らが封印された際に、起こりうる事態を想定して、いくつかの布石を打っておいでになられたのです。
そのうちの一つが異世界から召喚される『月に呼ばれし解放者』。そうしてもう一つが世界に散らばる『聖宝』なのです。この二つは切っても切れぬほど、密なる関係性にありまして、『聖宝』には月王様を解放するための力が秘められており、その『聖宝』に秘められた力を解放できるのが『月に呼ばれし解放者』なのです」
「ああ、なるほど。『月に呼ばれし解放者』と『聖宝』の関係性については理解したわ。それでその世界に散らばる『聖宝』とやらは全部でいくつあるの?」
「えーっと全部で三つですね」
「ええええっ!? って、たったの三つだけなの!?」
世界に散らばる○個の○○○を集めよ! という展開は、ゲームや漫画なんかでは、ありきたりの設定だが、だいたいが日本では馴染みの深い『七』だったり、『八』という数字が使われがちなのだが、三つだけというのは、さすがに少なすぎではなかろうか。
いやまあ実際に集める側から言わせれば、七つも八つも集めるよりは、数が少ない方が断然楽だろうから、それはそれでいいのだけれど。
いやはや、それにしても、これまでに十七人の『月に呼ばれし解放者』が喚ばれて、そのほとんどが、一年以内にツキオウ様を解放しているって言ってたけれど、世界に散らばる『聖宝』とやらを三つばかり集めればいいだけなんだから、そりゃあ、早期解決しても当然ってものよね。
寧ろ、三年かかっても見つけられない方が異常なくらいだろう。
「なんだあー! 三つだけとかなら、まあまあ余裕じゃない? それでとりあえずは何から探せばいいの?」
「そうですね。正確に言えば『聖宝』は四つあるのですが――南にあるデルファナ大陸に託された『聖なる腕輪』は、すでに回収済みですので、残りは東にあるガーディアナ大陸に託された『聖なる冠』と、西にあるエスヴァン大陸に託された『聖なる剣』、それから北にあるライドン大陸に託された『聖なるロザリオ』の三つですので、どれから探し始められても良いかと思われますが……」
「そっか。でも『聖宝』を探すにしても、私一人では無理だろうし、その辺はどうすればいいの? ものすごい特殊能力を持った仲間を用意してくれるとか、もしくは私自身に向かうところ敵なしの万能な力が与えられるとかなら、一人でもどうにかなりそうだけどさあ。これまでに『月に呼ばれし解放者』に選ばれた十七人はどんな感じだったの?」
「そうですねえ。実のところ、これまで召喚された方々は、どなたもそれなりに武器が扱えたり、魔法が使える方ばかりでしたので、正直、美緒さんのように『何の力も持っていない』解放者をお迎えするのは初めてのことなので、私も少々困っているのですよ」
そう言ってアルトゥールは本当に心底から困っているといった風情で、綺麗に整えられた眉を下げる。
『聖宝』を三つ集めるくらいなら余裕じゃん! などと大口を叩いてしまったが、ようよう考えてみたら、それ以前、私はファンタジーな世界で通用するような性能でもなければ、特殊能力なども持っていないではないか。
無限にあるであろう異世界から無作為に『月に呼ばれし解放者』を選んだのは、ツキオウ様なのだから、私が悪いわけではないのだが、こうまでも困り果てられてしまったら、何の力も持っていない自分が悪いのか、と何だか後暗い気持ちになってしまう。
だがしかし、たとえそこが剣と魔法に溢れたファンタジーな世界であろうとも、万能な力でも与えられない限り、どこにでもいる普通の女子高校生という設定は覆せないのである。
(こうなったら騎士団に入団して剣を振り回せるようになるか、もしくは偉大なる魔法使いのもとに弟子入りして魔法をぶっ放せるようになるしかないよねええええ!? っていうか、それって三年以内に身につくものなの――っ!?)
さっきまでの余裕はどこへ飛んでいったのやら。
三年以内にツキオウ様を解放するとか絶対に無理じゃねえか! と事態の重大さに頭を抱えて蒼褪めていたら、何やら思案に暮れていたアルトゥールが、うーん、そうですねえ、とぼやきながら、長衣の袖に手を突っ込むと、がさごそと何かを探し始める。
何を探してるんだろう、と首を傾げていたら、やがて目的のものを見つけたらしい。
手のひらの感触を確認して小さく頷くと、アルトゥールは袖から手を引き抜き、私の右手を掴むと、袖から取り出したばかりのそれを、するり、と右手の薬指へと滑らせた。
薬指を伝うひんやりとした感触に驚いて、指の付け根に目を向ければ、まあるいお月様みたいな琥珀色の石が埋め込まれた銀色の指輪が、私の居場所はここよ、とでも言っているかのように、ぴたり、と付け根に嵌っている。
「ゆ……指輪?」
右手の薬指の付け根にぴたりと収まった指輪に驚いていたら、アルトゥールは、ええ、そうです、と頷く。
「さすがに向かうところ敵なしの万能な力を与えることはできません。ですので彼らに力になってもらいましょう」
「か、彼ら?」
「ええ、そうです。彼ら、です」
アルトゥールはそう言って、にこり、と笑む。
そうしてから『彼ら』と発言したそれに対して、具体的に説明をしないまま、今度は何もない空に向かって、アルトゥールはその涼やかな声を凛と響かせた。
「月王様に命を吹き込まれし精霊たちよ。今、ここに馳せ参じなさい」
「どういうことも何も言ったままの意味ですよ。元の世界のことは気にせず、心置きなく、月王様の解放に取りかかってもらうための救済措置といったところですかね。とはいえ、止めていられるのは、こちらの世界に召喚されてから三年以内まで――となっていますが」
「えーっと要するにセラフィリアで三年の月日が経ったら、元いた世界の時間は自動的に動き出すってこと?」
「ええ、そうです。裏を返せば、月王様を解放するための制限時間は最大でも三年まで、という意味合いも含めているんですけれどね」
「それってもしも三年以内にツキオウ様を解放できなかったら、そのときはどうなるの?」
当然までの疑問をぶつければ、アルトゥールは眉間に皺を寄せて、うーん、と唸り声を上げると、頭を抱えこんでしまう。
そんなに難しいことを聞いたつもりはないんだけれどなあ、と戸惑っていたら、しばらく思い悩んだ末、アルトゥールは渋い表情はそのまま、そうですねえ、と呟く。
「この世界が創世されてから、かれこれ五十六億年と少し。それほどまでに気が遠くなるような長い時間の中で、人が生み出されたのは、おおよそ548万年ほど前のことです。その頃からざっくりと大まかに数えて、約5480回の異変が起きていますが、月王様が封印されてしまったのは、そのうちのわずか十数回ほどのこと。その限られた回数のうちで、制限時間である三年を超過したという事例はありませんので、正直、私にもどうなるのかは分かりません。
ですが、これまでに不運にも『月に呼ばれし解放者』として、セラフィリアに召喚されてしまった皆さんのほとんどは、一年以内に月王様を解放されていますし、一番時間がかかった事例にしても、二年もかかりませんでしたので、おそらくその辺りの心配は不要なものかと思われます。あ、ちなみにこれは余談ですが、美緒さんは通算十八代目の『月に呼ばれし解放者』となります」
まるで些末事でも語るかのように、軽い口調で話しているけれど、56億年前だとか、548万年前だとか、あまりにもスケールがデカすぎて、脳内の情報処理がまるで追いつかない。
それでもこれまでに約5480回も異変が起きたにもかかわらず、実際に封印されたのは、二十回にも満たないというのは、なかなかにすごいことではなかろうか。
いや、それ以前、これまでに約5480回も命を狙われたのかと思ったら、何だかツキオウ様とやらが、ちょっぴり気の毒に思えてきた。
(いやはや、それにしても、なんだか頭が痛くなってきたぞ)
飛び交う天文学的スケールの数の羅列に、つきり、と痛みを訴えたこめかみを押さえつつ、はあ、と小さく溜め息を吐いていたら、長衣の裾にくっついた木の葉を払い落としながら、立ち上がったアルトゥールが、よく通る涼やかな声で、美緒さん、と名前を呼ぶ。
自分の名前を紡いだ声に導かれるよう、顔を上げれば、アルトゥールは薔薇色に色づく艶やかな唇を、ゆるり、と解くと、咲き綻ぶ花のように、艶やかな笑みを瞬かせた。
絶世の美姫が浮べたその美しい笑みに、ごくり、と生唾を飲み込みつつ、ぴきり、と固まっていたら、宝石のように煌めく翠の瞳にまっすぐに見つめられてしまう。
「改めてもう一度申し上げます。封印されてしまった月王様を解放するには、『月に呼ばれし解放者』である美緒さんの力がどうしても必要なのです。私にできる範囲で――ではありますが、万全のサポートも尽くさせていただきます。ですので、どうか、お力添えをいただけませんか?」
少し前にも言っていたそれをもう一度口にすると、アルトゥールは折り目正しく腰を折って、深々と頭を垂れる。その拍子に、さらり、と流れ落ちた金色の毛先を凪ぐ風が、くるくると躍らせるのを眺めやりつつ、私は胸に手を押し当てると、すうっ、と大きく息を吸い込んで吐き出した。
こちらの世界の月に異変が起きてからというもの、世界的大規模で異常気象や天変地異が頻発し、洪水や干ばつによって、多くの作物が不作となり、一部の地域では深刻な飢饉が進んでいるというし、また度重なる自然災害によって生活基盤が崩れ、多くの人々が職を失い、貧困に喘いでいるという話も聞く。
さらにはこの世界を襲っている事態は、そればかりではなく、月の魔力によって抑制されていた魔物の凶暴性も、数段と増し、昼夜構わず、群れを成して襲いかかってくるらしいし、最近では主だった棲息地である森や野山から、ずいぶんと離れた街中にまで現れ、運悪くそこに居合わせた人が襲われた、という被害も続出しているらしい。
まあ一番最後の街中で魔物とばったり出喰わすという事例は、私自身も経験済みなんだけれども。
なんにせよ、月に異変が起きてから以降、セラフィリアでは、世界中のありとあらゆる場所で、様々な災厄が起きているということだけは、確かなようだ。
世の中、ギブアンドテイクだ、と言い切ったものの、それら災厄の全ての原因が『ツキオウ様が封印された』ことに起因するのであれば、たとえ見返りが約束されなくても、自分がセラフィリアに喚ばれた本当の理由を知った今、『自分には関係のない話だ』といって、見過ごすわけにもいかないだろう。
それに見返りならもうすでに受け取っているはずだ。
どういう絡繰りなのかはわからないが、元いた世界の時間が止まっているというのは、私にとっては、これ以上にない最高の見返りだし、何より一番の収穫は、全てを破壊し尽くし、無に還すとかっていう破滅フラグを回避できたことだろう。
であれば、もう答えは一つしかないではないか。
「わかった。私がセラフィリアに喚ばれた理由が、封印されてしまった月王様を解放することなんだったら、『月に呼ばれし解放者』としての役目を最後まで全うできるよう全力で頑張るわ。それで具体的には何をすればいいの?」
とりあえずやれることはやろう、と覚悟を決めて、『月に呼ばれし解放者』としての役目を受け入れることを約束すれば、アルトゥールは両手をぐっと握り締め、本当ですかあああああ!? と、その表情を、ぱあああっ、と明るくさせて喜ぶ。
そうしてから、ずずい、と詰め寄ってくると、アルトゥールはやおら私の両手を掴み取り、ぎゅむむむむむっ、と痛いくらい強く握り締めると、その美しい顔を、ぐいっ、と近づけた。
「ありがとうございます! 美緒さん! それでこそ月王様に選ばれし御方というものです!」
「うわわわわっ! って、ち、ちかいちかいちかいーーっ!」
「あ、嬉しすぎて、つい興奮しちゃいました!」
あまりにも距離が近すぎると、焦っていたら、失礼しました、と言って、握り締めていた手を、ぱっ、と放すと、アルトゥールは一歩後ろに引いて、適度に距離を保つ。
そうしてから、ゆるり、と口を開くと、『月に呼ばれし解放者』として、これから何をすれば良いのかを語り始めた。
「結論から申し上げますと、美緒さんには世界に散らばる『聖宝』を集めていただきたいのです」
「聖宝? ってなにそれ?」
「はい。読んで字のごとし『聖なる秘宝』のことです。『聖宝』がどういうものか、具体的に申し上げますと、月王様は自らが封印された際に、起こりうる事態を想定して、いくつかの布石を打っておいでになられたのです。
そのうちの一つが異世界から召喚される『月に呼ばれし解放者』。そうしてもう一つが世界に散らばる『聖宝』なのです。この二つは切っても切れぬほど、密なる関係性にありまして、『聖宝』には月王様を解放するための力が秘められており、その『聖宝』に秘められた力を解放できるのが『月に呼ばれし解放者』なのです」
「ああ、なるほど。『月に呼ばれし解放者』と『聖宝』の関係性については理解したわ。それでその世界に散らばる『聖宝』とやらは全部でいくつあるの?」
「えーっと全部で三つですね」
「ええええっ!? って、たったの三つだけなの!?」
世界に散らばる○個の○○○を集めよ! という展開は、ゲームや漫画なんかでは、ありきたりの設定だが、だいたいが日本では馴染みの深い『七』だったり、『八』という数字が使われがちなのだが、三つだけというのは、さすがに少なすぎではなかろうか。
いやまあ実際に集める側から言わせれば、七つも八つも集めるよりは、数が少ない方が断然楽だろうから、それはそれでいいのだけれど。
いやはや、それにしても、これまでに十七人の『月に呼ばれし解放者』が喚ばれて、そのほとんどが、一年以内にツキオウ様を解放しているって言ってたけれど、世界に散らばる『聖宝』とやらを三つばかり集めればいいだけなんだから、そりゃあ、早期解決しても当然ってものよね。
寧ろ、三年かかっても見つけられない方が異常なくらいだろう。
「なんだあー! 三つだけとかなら、まあまあ余裕じゃない? それでとりあえずは何から探せばいいの?」
「そうですね。正確に言えば『聖宝』は四つあるのですが――南にあるデルファナ大陸に託された『聖なる腕輪』は、すでに回収済みですので、残りは東にあるガーディアナ大陸に託された『聖なる冠』と、西にあるエスヴァン大陸に託された『聖なる剣』、それから北にあるライドン大陸に託された『聖なるロザリオ』の三つですので、どれから探し始められても良いかと思われますが……」
「そっか。でも『聖宝』を探すにしても、私一人では無理だろうし、その辺はどうすればいいの? ものすごい特殊能力を持った仲間を用意してくれるとか、もしくは私自身に向かうところ敵なしの万能な力が与えられるとかなら、一人でもどうにかなりそうだけどさあ。これまでに『月に呼ばれし解放者』に選ばれた十七人はどんな感じだったの?」
「そうですねえ。実のところ、これまで召喚された方々は、どなたもそれなりに武器が扱えたり、魔法が使える方ばかりでしたので、正直、美緒さんのように『何の力も持っていない』解放者をお迎えするのは初めてのことなので、私も少々困っているのですよ」
そう言ってアルトゥールは本当に心底から困っているといった風情で、綺麗に整えられた眉を下げる。
『聖宝』を三つ集めるくらいなら余裕じゃん! などと大口を叩いてしまったが、ようよう考えてみたら、それ以前、私はファンタジーな世界で通用するような性能でもなければ、特殊能力なども持っていないではないか。
無限にあるであろう異世界から無作為に『月に呼ばれし解放者』を選んだのは、ツキオウ様なのだから、私が悪いわけではないのだが、こうまでも困り果てられてしまったら、何の力も持っていない自分が悪いのか、と何だか後暗い気持ちになってしまう。
だがしかし、たとえそこが剣と魔法に溢れたファンタジーな世界であろうとも、万能な力でも与えられない限り、どこにでもいる普通の女子高校生という設定は覆せないのである。
(こうなったら騎士団に入団して剣を振り回せるようになるか、もしくは偉大なる魔法使いのもとに弟子入りして魔法をぶっ放せるようになるしかないよねええええ!? っていうか、それって三年以内に身につくものなの――っ!?)
さっきまでの余裕はどこへ飛んでいったのやら。
三年以内にツキオウ様を解放するとか絶対に無理じゃねえか! と事態の重大さに頭を抱えて蒼褪めていたら、何やら思案に暮れていたアルトゥールが、うーん、そうですねえ、とぼやきながら、長衣の袖に手を突っ込むと、がさごそと何かを探し始める。
何を探してるんだろう、と首を傾げていたら、やがて目的のものを見つけたらしい。
手のひらの感触を確認して小さく頷くと、アルトゥールは袖から手を引き抜き、私の右手を掴むと、袖から取り出したばかりのそれを、するり、と右手の薬指へと滑らせた。
薬指を伝うひんやりとした感触に驚いて、指の付け根に目を向ければ、まあるいお月様みたいな琥珀色の石が埋め込まれた銀色の指輪が、私の居場所はここよ、とでも言っているかのように、ぴたり、と付け根に嵌っている。
「ゆ……指輪?」
右手の薬指の付け根にぴたりと収まった指輪に驚いていたら、アルトゥールは、ええ、そうです、と頷く。
「さすがに向かうところ敵なしの万能な力を与えることはできません。ですので彼らに力になってもらいましょう」
「か、彼ら?」
「ええ、そうです。彼ら、です」
アルトゥールはそう言って、にこり、と笑む。
そうしてから『彼ら』と発言したそれに対して、具体的に説明をしないまま、今度は何もない空に向かって、アルトゥールはその涼やかな声を凛と響かせた。
「月王様に命を吹き込まれし精霊たちよ。今、ここに馳せ参じなさい」