紅き月夜に 永遠の想い~運命に導かれた月夜の出逢い~
アルトゥールからの素敵な贈りもの②
「月王様に命を吹き込まれし精霊たちよ。今ここに馳せ参じなさい」
アルトゥールの涼やかな声が、辺りに澄み渡ると同時に、吹き抜けた風が金色の稲穂のような植物を、ざわり、と揺らす。
と次の瞬間、テニスボールくらいの大きさの淡い光を纏った球体が、自分の周りを取り囲むように、ぽんぽんぽん、と立て続けに四つも現れた。
「えっ!? ってなにこれ!?」
突然現れた四つの光に取り囲まれ、目を白黒させて驚いていたら、
「今日は契約を結ぶ人間が多くて、ただでさえ忙しいっていうのに、こんな夢の中にまで緊急招集をかけたのは、どこのどいつなんだよ!?」
ちょっと刺のある荒っぽい話し方の声が、すぐ傍で聞こえたかと思えば、赤みを帯びた淡い球体が、ぱちん、と弾けて、中から手のひらサイズの、トカゲと思しきものが、ものすごい勢いで飛び出してきた。
燃え盛る炎を纏ったかのような、深紅の鱗に覆われたトカゲと思しき、それの背中には、コウモリが持つものと、よく似た感じの小さな翼が生えている。
手のひらジャストサイズの全長に対して、翼の大きさは親指くらいの長さで、とても短く、ぱたぱたと忙しなく上下させて、ようやく宙に浮いているといった感じだ。
いつ地面に落っこちても、おかしくないくらい、不安定な飛び方をしていて、見ている私から言わせれば、なんだかすごく危なっかしい。
アリルアの街外れに建つ翼竜を貸し出す店で出会ったリュカを、ちょうどミニチュアサイズにしたような感じだから、もしかしたらトカゲではなく、ドラゴンの一種かもしれない――とそんなことを思ったが、さっきアルトゥールが『精霊』という単語を口にしていたから、ドラゴンではなく、おそらく精霊の一種なのだろう。
とそんなことを考えていたら、今度は淡い水色を帯びた球体が、ぱちん、と音を立てて弾け飛ぶ。
「あらあらあらっ! 今回のこの姿は金魚かしら? うふふふふ、金魚の姿で具現化されたのは初めてだわ。いつもはだいたい人魚なんだけれどなあ。でも長い尾びれがとっても素敵ね! 気に入ったわ!」
そんな楽しげな声とともに、弾け飛んだ水色の球体の中から、冷たい水飛沫と一緒に姿を見せたのは、淡い青色の鱗に全身を覆われた、まあるいフォルムが、とても可愛らしい金魚の姿をした精霊だ。
垂れ下がった長い尾びれはもとより、きらきらと煌めく泡沫を纏った胸びれや背びれは、淡い青のグラデーションを帯びていて、お城で開催される舞踏会で、貴婦人が纏う華やかなドレスのようだ。
どういう仕組みなのかはわからないが、水のない空中であるにも関わらず、長い尾びれをひらひらと動かして、まるで海の中にでもいるみたいに、自由気ままに泳ぎ回っている。
くるり、とターンをするたびに、ぱしゃり、と冷たい水飛沫が跳ね上がり、お気に入りだという長い尾びれが、ダンスを踊る貴婦人のドレスの裾のように、ふわり、と揺れて大きく膨らむ。
心地好さそうに空中を泳ぎ回る金魚の姿をした精霊を眺めやっていたら、今度は淡い緑色に光る球体が、ぱちん、と音を立てて弾けた。
「まあ! 私は美しい羽を持つ小鳥だわ! ねえねえ、聞いて、聞いて! 羽だけじゃなくて、唄声も、とても素敵よ!」
嬉しそうに声を弾ませ、翡翠色の鮮やかな羽を広げて、ぴちちちちっ、とさえずりながら、私の肩に、とん、と降り立ったのは、水辺に生息するカワセミによく似た小鳥だ。
宝石を纏ったような美しい色身を帯びた、ふわふわの柔らかな羽は、もちろんのこと、ひし形の小さな嘴から生み出されるさえずりは、心が洗われるような優しい音色を奏でていて、心地好く鼓膜を揺らす。
肩の上に止まり、ぴちちちち、と楽しげにさえずる、その美しい鳴き声に耳を傾けていたら、これまで弾けた三つの球体のどれよりも、地味な色合いをした薄茶色の光が、ぶるるるる、と小さく震えたかと思えば、ぱちん、と遠慮がちに音を立てて弾けた。
「え、えーと、オイラは……うーんとこれはモグラ……かなあ?」
小さく弾けた球体から、最後に姿を現したのは、他の三体とは明らかに形態が、ちょっと異なるモグラと思しき精霊だ。
先に登場した三体の精霊たちは、それぞれが鮮やかな色合いを持つ鱗、あるいは羽に全身を包み、ふわふわと宙に浮いているのだが、最後に登場したモグラと思しき彼だけは、なぜか地にしっかりと足をつけて立っている。
短い薄茶の体毛に覆われた、ずんぐりむっくりとした胴体は、他の精霊たちのように、色鮮やかではないものの、陽の光を直接見ないよう、黒のサングラスをかけ、『安全第一』と緑色の漢字で書かれた黄色のヘルメットをかぶり、自分の身丈よりも長いシャベルを背負ったその姿は、正しく工事現場で見かける作業員そのもので、他のどの精霊よりも、一番インパクトが強い。
なんでこの精霊だけ、こんなに設定が細かいんだろう? と不思議に思っていたらば。
「おや? こいつ、月王様の魔力が込められた指輪をつけているじゃあねえか。でも、こいつ自身からは、魔力の欠片なんて、これっぽっちも感じねえんだけどなあ。まさかとは思うけど、こいつが俺たちを緊急招集した張本人なのか?」
「あらまあ! サラマンダーったら、相変わらず、言葉遣いが悪いわねえ! 初対面のこんなにも可愛らしい女の子を掴まえて、『こいつ』呼ばわりをするのは、お止めなさいよ。それにしても月王様の魔力が籠もった指輪をつけている人間なんて、ものすごく久しぶりに出会ったわ! 以前にその指輪をつけている人間を見たのは、いつだったかしら?」
「ウィンディーネが言ってるその人間って、歴代の解放者の中でも、一番の嫌われ者だった十三代目『月に呼ばれし解放者』のことなんじゃないの? すごく綺麗な顔立ちをしたイケメンだったけど、性格はどうしようもなく歪んでいたよねえー」
「げげっ! 十三代目って言ったら、今から十五万年くらい前に喚ばれた、あの超問題児のことか!? オイラ、十三代目の解放者には、ものすごくこき使われて、いやな思い出しか残ってないよ!」
どうやら十三代目『月に呼ばれし解放者』だった人物は、とんでもなく嫌われ者だったらしい。
近所に住むおじいちゃんおばあちゃんが、公園の一角に集まって、井戸端会議に花を咲かせるがごとく、私を取り囲んで好き勝手に、おしゃべりを始めた精霊たちに戸惑いつつ、彼らの話に耳を傾けていたら、
「こらこら、お前たち。余計なおしゃべりばかりしていないで、十八代目『月に呼ばれし解放者』である美緒さんに、ちゃんとご挨拶をしないといけませんよ」
聞き分けのない子供たちに言い聞かせるみたく、アルトゥールが精霊たちを軽く窘めれば、ああ、そうだった! とそれぞれが声を上げ、慌てたように、ずらり、と横一列に整然と並ぶ。
アルトゥールが発した一言で、びしり、と姿勢を正したその様子を見る限り、精霊たちの立場からすれば、ツキオウ様の従者であるアルトゥールは、雲の上のような存在らしい。
のほほんと軽い口調で話しているから、全然そんな風には見えないんだけどなあ、と思いつつ、横に立つアルトゥールを、ちろり、と眺めやっていたら、一番左端にいたトカゲもどきの精霊が、先陣を切って、真っ先に口を開いた。
「じゃあ、まずは俺様から挨拶をするとしようかな。俺様は火を司る精霊のサラマンダーだ! おっと! お嬢ちゃんのその可愛らしい手が、真っ黒こげに焼けちまうから、俺様には易々と触れない方がいいぜ!」
妙に危なっかしい台詞を口にして、えっへん、と誇らしげに胸を張り、トカゲもどきの精霊――改め、サラマンダーと名乗った精霊が、ピンポン玉くらいの大きさの、燃え盛る火の玉を、ごうっ、と吐き出せば、隣に居合わせていた金魚の精霊が、きゃあ、と小さく悲鳴を上げて、長い尾びれを、ひらり、と翻して、辺りに水飛沫を撒き散らしながら慌てて飛び退く。
「ちょっとー! サラマンダーったら危ないじゃない! ところかまわず、やたらと火を噴くクセは直しなさいって、何度言わせたら気が済むのよ! 今度やったら彼方の上司のイフリート様に言いつけるわよ!」
「げげっ! 悪かったよ、ウィンディーネ! もう二度とやらないって誓うから、業火のイフリート様に言うのだけは勘弁してくれよー!」
「イフリート様の吐き出す灼熱の炎は、大地を溶かす溶岩よりも、ずうっと、ずうーっと高温だものね。いくら火を司る精霊であろうとも、一瞬で丸焦げになっちゃいそうだよねえー」
「……って、シルフまで一緒になって面白がるなよー! マジでイフリート様の業火に焼かれるのだけは勘弁だ!」
「だったらもう少しおとなしく振舞いなさいな。あら、失礼。ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。私は水の乙女の名を持つ精霊のウィンディーネと申します。以後、お見知りおきのほど、よろしくお願い致しますわ。十八代目『月に呼ばれし解放者』さま。私のことはウィンディって呼んで下されば嬉しいわ」
そう言って貴婦人がごとく、丁寧な挨拶をしてくれたのは、青く煌めく長い尾びれが印象的な金魚の精霊――改め、水を司る精霊のウィンディーネことウィンディだ。
長い尾びれを揺らして、ウィンディが、ぱしゃり、と水飛沫を辺りに飛び散らせば、隣にいた美しい羽を持つカワセミに似た小鳥の精霊が、ぱたぱたと飛び上がって、ふたたび、私の右肩に飛び乗ってくると、ひし形の愛らしい嘴を開いて、こんにちは、と美しい声で鳴く。
「私は風の乙女の名を持つ精霊のシルフよ。だいたいの人は私のことを『シルフィ』って呼ぶわ。長い付き合いになりそうだし、お手柔らかにお願いするわね。十八代目『月に呼ばれし解放者』さん」
貴婦人風情のウィンディとは対照的に、愛嬌たっぷり人懐っこく話しかけてきたのは、小鳥の精霊改め、風を司る精霊のシルフことシルフィだ。
ぴちちちち、とさえずった彼女は、嘴の先で、ふわふわとした羽をちょいちょいと毛繕いし、抜け落ちた羽根を嘴に挟むと、これはお近づきの印よ、と言って、宝石みたいに煌めく、翡翠色の綺麗な羽根を髪飾りに見立てて、耳に引っかけた私の髪の合間に器用に差し込む。
ありがとう、とお礼を言えば、シルフィはとても嬉しそうに、ぴちちっ、と短くさえずる。
それぞれの精霊が自己紹介と挨拶を済ませ、残すはあと一人――と、その場にいた全員の視線が、一斉に向いたことに気づき、モグラの姿をした彼は、えっ!? オ、オイラ!? と、ぎょっとしたように目を見開く。
どうやら他の精霊たちと比べて、少し臆病で、引っ込み思案な性格らしい。
背負っていた巨大なシャベルで、足元の土をものすごい速さで、掘り出したかと思えば、掘ったばかりの穴の中に潜り込み、『安全第一』と書かれたヘルメットをちょこっとだけ覗かせた状態で、穴の中から顔を出すと、彼は気恥ずかしそうに、おずおずと口を開いた。
「え、えーっと、オイラは大地の子の名を持つノームだ。あの、その、よ、よよよよよ、よろしくな!」
しどろもどろ舌を縺れさせつつ、そういうが早いか、ノームと名乗った大地を司るモグラの精霊は、今しがた掘ったばかりの穴の中に、完全に埋もれてしまう。
人間であろうが、動物であろうが、精霊であろうが、この手の性格の持ち主と、打ち解けて仲良くなるには、かなりの時間をかける必要がありそうだ。
これは一筋縄ではいきそうもないなあ、とそんなことを思いつつ、手のひらサイズの精霊たちの目線に合わせるよう、黄金の稲穂が揺れる海原に、すとん、と腰を落とすと、私は、ゆるり、と口を開いた。
「こんにちは、精霊さんたち。私は十八代目『月に呼ばれし解放者』に選ばれたミオ・ナルセです。封印されたツキオウ様を助けるために、できるだけ迷惑をかけないよう、全力で頑張るつもりだけれど、一人ではどうにも太刀打ちできないこともあると思うんだ。その時は皆の力を借りることになると思うけれど、お力添えのほど、どうかよろしくお願いします」
それぞれの精霊の顔を眺めやりつつ、自己紹介も兼ねた挨拶を簡単に済ませ、ぺこり、と軽く頭を下げれば、精霊たちもそれぞれ反応を示す。
「おう、よろしくな! ミオ!」
と開いた口から小さな火の玉を吐き出したのはサラマンダーだ。
またもや火の玉を吐き出したサラマンダーに焦っていたら、案の定、彼のその行動に、いち早く気づいたウィンディが、ご自慢の長い尾びれを、ひらり、と翻して、少し大きめの水飛沫を撒き散らしながら、サラマンダーが吐き出した火の玉をすぐさま消し去る。
まるで消防士みたいだなあ! と思いつつ、誰よりも一番早く消火活動に出たウィンディを称賛していたらば、まあるく膨らんだフォルムを、さらに大きく膨らませ、ウィンディは一回りほど大きく膨らむ。
どうやら怒っているようだ。
「もう! 言ってる傍から火を噴き出してるんじゃないわよ! サラマンダー! あら、騒々しくて、ごめんなさいね。こちらの方こそ、よろしくお願い致しますわ。ミオさん」
ひらひらと揺れる長い尾びれや胸びれがなければ、フグと見分けがつかないかもしれないなあ、と、まあるく膨れ上がったウィンディを眺めていたら、貴婦人風情を取り戻した彼女は、にこり、と優雅に微笑む。
「私もよろしくね! ミオちゃん!」
ぴちちちち、と1オクターブほど高い声でさえずり、柔らかな羽をすりすりと頬に摺り寄せてきたのはシルフィだ。
人懐っこさの中に、ちょっとした甘えを含んだ、彼女のその行動は、まるで妹でもできたような感覚に陥ってしまう。
ああ、もう可愛らしいなあ、とふわふわとした綺麗な色合いの羽を撫でてやれば、もっと撫でてー! と言わんばかり、シルフィはさらにすり寄ってくる。
彼女の羽から、ふわり、と香る、太陽を浴びた干し草のような柔らかな香りに、癒されていたらば、地面に掘った穴の中から、そろり、と顔を半分だけ覗かせたノームが、ちょっと怯えつつも、閉ざしていた口をゆっくりと開く。
「え……えーっと、オイラを奴隷のように扱うのだけは、マジで止めてくれよな」
それだけを伝えると、ノームはまた穴の中に潜り込んでしまう。
十三代目『月に呼ばれし解放者』が、どんなに酷い人間だったのか、想像に及ばないが、彼にとって、かなり重大なトラウマとなっているのは、間違いないようだ。
ノームに名前を呼んでもらうには一苦労しそうだなあ、とそこまで考えて、ふとアレクのことを思い出して、私は、ああ! と大声を上げると、跳ねるようにして立ち上がった。
「いっけない! アレクのことをすっかり忘れてた! ごめんね、アルトゥール。もう少しゆっくりと話をしたいんだけど、私が『月に呼ばれし異端者』じゃなかったことを、急いで伝えなければいけない人がいるの! この夢から目覚めるには、どうすればいいの?」
「アレクさん、って誰ですか、それ?」
「ああ、うん。詳しく説明をしてる時間はないんだけれど、「異端者」であった私を殺めなければいけない立場にありながら、そうしようとはせず、逆に私を守ってくれた人なの!」
「あや……っ、殺めるって! そんな危険な人間の元に戻るなんて、馬鹿な真似はお止めなさい!」
「彼は――……アレクは危険な人間なんかじゃないわ! 寧ろ、自分の命を擲ってまで、私を助けてくれた人よ! とにかく急いで戻らなきゃ……」
私としても、まだまだ聞きたいことはあるし、もう少しアルトゥールや精霊たちと話したいのはやまやまだけれど、アレクのことを思い出した今、何よりも優先すべきはアレクの方だ。
解毒剤を持たない猛毒を塗りつけた刃で、ディハルトに切り付けられたことや、ヴィクトールという偉い立場らしき人と、交わしていた会話を思い出したら、いてもたってもいられず、アルトゥールの腕に縋りついて、早く戻して欲しい、と懇願すれば、その緊急性を重んじてくれたのだろう。
「解りました。美緒さんに危険を及ぼすような相手ではなさそうですし、何やら切羽詰まった理由がありそうですので、ひとまずは戻りましょうか。ですが、その前に一つだけ約束して欲しいことがあるのです」
「約束して欲しいことって、なに?」
「その指輪は月王様の魔力を秘めた大切なものです。私や精霊たちと対面したり、会話をするために必要となるものですので、絶対に外さず、必ず身に着けていてくださいね」
約束できますか? と少し厳しい口調で聞いてきたアルトゥールに、返事をするのももどかしく思えて、こくこくと頷き返せば、では目を閉じてください、とアルトゥールが柔らかく言葉を紡ぐ。
アルトゥールの指示に素直に従って、瞼を閉じるなり、錘でも嵌められたみたく、全身が急に重くなった。
立っていることもままならず、膝から崩れ落ちそうになった私の身体を、アルトゥールが優しく受け止めてくれるのを感じていたら、魔法を詠唱するアルトゥールの唄声が、どこか遠くの方から聴こえてきた。
まるで子守唄でも謡うかのように、響き渡るアルトゥールの澄んだ声に耳を傾けているうち、やがて意識がとろとろと微睡んでゆく。
「あり……が……とう、」
アルトゥール、と彼の名前を紡ごうとしたけれど、それは声にならないまま、私は眠るように意識を手放した。
アルトゥールの涼やかな声が、辺りに澄み渡ると同時に、吹き抜けた風が金色の稲穂のような植物を、ざわり、と揺らす。
と次の瞬間、テニスボールくらいの大きさの淡い光を纏った球体が、自分の周りを取り囲むように、ぽんぽんぽん、と立て続けに四つも現れた。
「えっ!? ってなにこれ!?」
突然現れた四つの光に取り囲まれ、目を白黒させて驚いていたら、
「今日は契約を結ぶ人間が多くて、ただでさえ忙しいっていうのに、こんな夢の中にまで緊急招集をかけたのは、どこのどいつなんだよ!?」
ちょっと刺のある荒っぽい話し方の声が、すぐ傍で聞こえたかと思えば、赤みを帯びた淡い球体が、ぱちん、と弾けて、中から手のひらサイズの、トカゲと思しきものが、ものすごい勢いで飛び出してきた。
燃え盛る炎を纏ったかのような、深紅の鱗に覆われたトカゲと思しき、それの背中には、コウモリが持つものと、よく似た感じの小さな翼が生えている。
手のひらジャストサイズの全長に対して、翼の大きさは親指くらいの長さで、とても短く、ぱたぱたと忙しなく上下させて、ようやく宙に浮いているといった感じだ。
いつ地面に落っこちても、おかしくないくらい、不安定な飛び方をしていて、見ている私から言わせれば、なんだかすごく危なっかしい。
アリルアの街外れに建つ翼竜を貸し出す店で出会ったリュカを、ちょうどミニチュアサイズにしたような感じだから、もしかしたらトカゲではなく、ドラゴンの一種かもしれない――とそんなことを思ったが、さっきアルトゥールが『精霊』という単語を口にしていたから、ドラゴンではなく、おそらく精霊の一種なのだろう。
とそんなことを考えていたら、今度は淡い水色を帯びた球体が、ぱちん、と音を立てて弾け飛ぶ。
「あらあらあらっ! 今回のこの姿は金魚かしら? うふふふふ、金魚の姿で具現化されたのは初めてだわ。いつもはだいたい人魚なんだけれどなあ。でも長い尾びれがとっても素敵ね! 気に入ったわ!」
そんな楽しげな声とともに、弾け飛んだ水色の球体の中から、冷たい水飛沫と一緒に姿を見せたのは、淡い青色の鱗に全身を覆われた、まあるいフォルムが、とても可愛らしい金魚の姿をした精霊だ。
垂れ下がった長い尾びれはもとより、きらきらと煌めく泡沫を纏った胸びれや背びれは、淡い青のグラデーションを帯びていて、お城で開催される舞踏会で、貴婦人が纏う華やかなドレスのようだ。
どういう仕組みなのかはわからないが、水のない空中であるにも関わらず、長い尾びれをひらひらと動かして、まるで海の中にでもいるみたいに、自由気ままに泳ぎ回っている。
くるり、とターンをするたびに、ぱしゃり、と冷たい水飛沫が跳ね上がり、お気に入りだという長い尾びれが、ダンスを踊る貴婦人のドレスの裾のように、ふわり、と揺れて大きく膨らむ。
心地好さそうに空中を泳ぎ回る金魚の姿をした精霊を眺めやっていたら、今度は淡い緑色に光る球体が、ぱちん、と音を立てて弾けた。
「まあ! 私は美しい羽を持つ小鳥だわ! ねえねえ、聞いて、聞いて! 羽だけじゃなくて、唄声も、とても素敵よ!」
嬉しそうに声を弾ませ、翡翠色の鮮やかな羽を広げて、ぴちちちちっ、とさえずりながら、私の肩に、とん、と降り立ったのは、水辺に生息するカワセミによく似た小鳥だ。
宝石を纏ったような美しい色身を帯びた、ふわふわの柔らかな羽は、もちろんのこと、ひし形の小さな嘴から生み出されるさえずりは、心が洗われるような優しい音色を奏でていて、心地好く鼓膜を揺らす。
肩の上に止まり、ぴちちちち、と楽しげにさえずる、その美しい鳴き声に耳を傾けていたら、これまで弾けた三つの球体のどれよりも、地味な色合いをした薄茶色の光が、ぶるるるる、と小さく震えたかと思えば、ぱちん、と遠慮がちに音を立てて弾けた。
「え、えーと、オイラは……うーんとこれはモグラ……かなあ?」
小さく弾けた球体から、最後に姿を現したのは、他の三体とは明らかに形態が、ちょっと異なるモグラと思しき精霊だ。
先に登場した三体の精霊たちは、それぞれが鮮やかな色合いを持つ鱗、あるいは羽に全身を包み、ふわふわと宙に浮いているのだが、最後に登場したモグラと思しき彼だけは、なぜか地にしっかりと足をつけて立っている。
短い薄茶の体毛に覆われた、ずんぐりむっくりとした胴体は、他の精霊たちのように、色鮮やかではないものの、陽の光を直接見ないよう、黒のサングラスをかけ、『安全第一』と緑色の漢字で書かれた黄色のヘルメットをかぶり、自分の身丈よりも長いシャベルを背負ったその姿は、正しく工事現場で見かける作業員そのもので、他のどの精霊よりも、一番インパクトが強い。
なんでこの精霊だけ、こんなに設定が細かいんだろう? と不思議に思っていたらば。
「おや? こいつ、月王様の魔力が込められた指輪をつけているじゃあねえか。でも、こいつ自身からは、魔力の欠片なんて、これっぽっちも感じねえんだけどなあ。まさかとは思うけど、こいつが俺たちを緊急招集した張本人なのか?」
「あらまあ! サラマンダーったら、相変わらず、言葉遣いが悪いわねえ! 初対面のこんなにも可愛らしい女の子を掴まえて、『こいつ』呼ばわりをするのは、お止めなさいよ。それにしても月王様の魔力が籠もった指輪をつけている人間なんて、ものすごく久しぶりに出会ったわ! 以前にその指輪をつけている人間を見たのは、いつだったかしら?」
「ウィンディーネが言ってるその人間って、歴代の解放者の中でも、一番の嫌われ者だった十三代目『月に呼ばれし解放者』のことなんじゃないの? すごく綺麗な顔立ちをしたイケメンだったけど、性格はどうしようもなく歪んでいたよねえー」
「げげっ! 十三代目って言ったら、今から十五万年くらい前に喚ばれた、あの超問題児のことか!? オイラ、十三代目の解放者には、ものすごくこき使われて、いやな思い出しか残ってないよ!」
どうやら十三代目『月に呼ばれし解放者』だった人物は、とんでもなく嫌われ者だったらしい。
近所に住むおじいちゃんおばあちゃんが、公園の一角に集まって、井戸端会議に花を咲かせるがごとく、私を取り囲んで好き勝手に、おしゃべりを始めた精霊たちに戸惑いつつ、彼らの話に耳を傾けていたら、
「こらこら、お前たち。余計なおしゃべりばかりしていないで、十八代目『月に呼ばれし解放者』である美緒さんに、ちゃんとご挨拶をしないといけませんよ」
聞き分けのない子供たちに言い聞かせるみたく、アルトゥールが精霊たちを軽く窘めれば、ああ、そうだった! とそれぞれが声を上げ、慌てたように、ずらり、と横一列に整然と並ぶ。
アルトゥールが発した一言で、びしり、と姿勢を正したその様子を見る限り、精霊たちの立場からすれば、ツキオウ様の従者であるアルトゥールは、雲の上のような存在らしい。
のほほんと軽い口調で話しているから、全然そんな風には見えないんだけどなあ、と思いつつ、横に立つアルトゥールを、ちろり、と眺めやっていたら、一番左端にいたトカゲもどきの精霊が、先陣を切って、真っ先に口を開いた。
「じゃあ、まずは俺様から挨拶をするとしようかな。俺様は火を司る精霊のサラマンダーだ! おっと! お嬢ちゃんのその可愛らしい手が、真っ黒こげに焼けちまうから、俺様には易々と触れない方がいいぜ!」
妙に危なっかしい台詞を口にして、えっへん、と誇らしげに胸を張り、トカゲもどきの精霊――改め、サラマンダーと名乗った精霊が、ピンポン玉くらいの大きさの、燃え盛る火の玉を、ごうっ、と吐き出せば、隣に居合わせていた金魚の精霊が、きゃあ、と小さく悲鳴を上げて、長い尾びれを、ひらり、と翻して、辺りに水飛沫を撒き散らしながら慌てて飛び退く。
「ちょっとー! サラマンダーったら危ないじゃない! ところかまわず、やたらと火を噴くクセは直しなさいって、何度言わせたら気が済むのよ! 今度やったら彼方の上司のイフリート様に言いつけるわよ!」
「げげっ! 悪かったよ、ウィンディーネ! もう二度とやらないって誓うから、業火のイフリート様に言うのだけは勘弁してくれよー!」
「イフリート様の吐き出す灼熱の炎は、大地を溶かす溶岩よりも、ずうっと、ずうーっと高温だものね。いくら火を司る精霊であろうとも、一瞬で丸焦げになっちゃいそうだよねえー」
「……って、シルフまで一緒になって面白がるなよー! マジでイフリート様の業火に焼かれるのだけは勘弁だ!」
「だったらもう少しおとなしく振舞いなさいな。あら、失礼。ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。私は水の乙女の名を持つ精霊のウィンディーネと申します。以後、お見知りおきのほど、よろしくお願い致しますわ。十八代目『月に呼ばれし解放者』さま。私のことはウィンディって呼んで下されば嬉しいわ」
そう言って貴婦人がごとく、丁寧な挨拶をしてくれたのは、青く煌めく長い尾びれが印象的な金魚の精霊――改め、水を司る精霊のウィンディーネことウィンディだ。
長い尾びれを揺らして、ウィンディが、ぱしゃり、と水飛沫を辺りに飛び散らせば、隣にいた美しい羽を持つカワセミに似た小鳥の精霊が、ぱたぱたと飛び上がって、ふたたび、私の右肩に飛び乗ってくると、ひし形の愛らしい嘴を開いて、こんにちは、と美しい声で鳴く。
「私は風の乙女の名を持つ精霊のシルフよ。だいたいの人は私のことを『シルフィ』って呼ぶわ。長い付き合いになりそうだし、お手柔らかにお願いするわね。十八代目『月に呼ばれし解放者』さん」
貴婦人風情のウィンディとは対照的に、愛嬌たっぷり人懐っこく話しかけてきたのは、小鳥の精霊改め、風を司る精霊のシルフことシルフィだ。
ぴちちちち、とさえずった彼女は、嘴の先で、ふわふわとした羽をちょいちょいと毛繕いし、抜け落ちた羽根を嘴に挟むと、これはお近づきの印よ、と言って、宝石みたいに煌めく、翡翠色の綺麗な羽根を髪飾りに見立てて、耳に引っかけた私の髪の合間に器用に差し込む。
ありがとう、とお礼を言えば、シルフィはとても嬉しそうに、ぴちちっ、と短くさえずる。
それぞれの精霊が自己紹介と挨拶を済ませ、残すはあと一人――と、その場にいた全員の視線が、一斉に向いたことに気づき、モグラの姿をした彼は、えっ!? オ、オイラ!? と、ぎょっとしたように目を見開く。
どうやら他の精霊たちと比べて、少し臆病で、引っ込み思案な性格らしい。
背負っていた巨大なシャベルで、足元の土をものすごい速さで、掘り出したかと思えば、掘ったばかりの穴の中に潜り込み、『安全第一』と書かれたヘルメットをちょこっとだけ覗かせた状態で、穴の中から顔を出すと、彼は気恥ずかしそうに、おずおずと口を開いた。
「え、えーっと、オイラは大地の子の名を持つノームだ。あの、その、よ、よよよよよ、よろしくな!」
しどろもどろ舌を縺れさせつつ、そういうが早いか、ノームと名乗った大地を司るモグラの精霊は、今しがた掘ったばかりの穴の中に、完全に埋もれてしまう。
人間であろうが、動物であろうが、精霊であろうが、この手の性格の持ち主と、打ち解けて仲良くなるには、かなりの時間をかける必要がありそうだ。
これは一筋縄ではいきそうもないなあ、とそんなことを思いつつ、手のひらサイズの精霊たちの目線に合わせるよう、黄金の稲穂が揺れる海原に、すとん、と腰を落とすと、私は、ゆるり、と口を開いた。
「こんにちは、精霊さんたち。私は十八代目『月に呼ばれし解放者』に選ばれたミオ・ナルセです。封印されたツキオウ様を助けるために、できるだけ迷惑をかけないよう、全力で頑張るつもりだけれど、一人ではどうにも太刀打ちできないこともあると思うんだ。その時は皆の力を借りることになると思うけれど、お力添えのほど、どうかよろしくお願いします」
それぞれの精霊の顔を眺めやりつつ、自己紹介も兼ねた挨拶を簡単に済ませ、ぺこり、と軽く頭を下げれば、精霊たちもそれぞれ反応を示す。
「おう、よろしくな! ミオ!」
と開いた口から小さな火の玉を吐き出したのはサラマンダーだ。
またもや火の玉を吐き出したサラマンダーに焦っていたら、案の定、彼のその行動に、いち早く気づいたウィンディが、ご自慢の長い尾びれを、ひらり、と翻して、少し大きめの水飛沫を撒き散らしながら、サラマンダーが吐き出した火の玉をすぐさま消し去る。
まるで消防士みたいだなあ! と思いつつ、誰よりも一番早く消火活動に出たウィンディを称賛していたらば、まあるく膨らんだフォルムを、さらに大きく膨らませ、ウィンディは一回りほど大きく膨らむ。
どうやら怒っているようだ。
「もう! 言ってる傍から火を噴き出してるんじゃないわよ! サラマンダー! あら、騒々しくて、ごめんなさいね。こちらの方こそ、よろしくお願い致しますわ。ミオさん」
ひらひらと揺れる長い尾びれや胸びれがなければ、フグと見分けがつかないかもしれないなあ、と、まあるく膨れ上がったウィンディを眺めていたら、貴婦人風情を取り戻した彼女は、にこり、と優雅に微笑む。
「私もよろしくね! ミオちゃん!」
ぴちちちち、と1オクターブほど高い声でさえずり、柔らかな羽をすりすりと頬に摺り寄せてきたのはシルフィだ。
人懐っこさの中に、ちょっとした甘えを含んだ、彼女のその行動は、まるで妹でもできたような感覚に陥ってしまう。
ああ、もう可愛らしいなあ、とふわふわとした綺麗な色合いの羽を撫でてやれば、もっと撫でてー! と言わんばかり、シルフィはさらにすり寄ってくる。
彼女の羽から、ふわり、と香る、太陽を浴びた干し草のような柔らかな香りに、癒されていたらば、地面に掘った穴の中から、そろり、と顔を半分だけ覗かせたノームが、ちょっと怯えつつも、閉ざしていた口をゆっくりと開く。
「え……えーっと、オイラを奴隷のように扱うのだけは、マジで止めてくれよな」
それだけを伝えると、ノームはまた穴の中に潜り込んでしまう。
十三代目『月に呼ばれし解放者』が、どんなに酷い人間だったのか、想像に及ばないが、彼にとって、かなり重大なトラウマとなっているのは、間違いないようだ。
ノームに名前を呼んでもらうには一苦労しそうだなあ、とそこまで考えて、ふとアレクのことを思い出して、私は、ああ! と大声を上げると、跳ねるようにして立ち上がった。
「いっけない! アレクのことをすっかり忘れてた! ごめんね、アルトゥール。もう少しゆっくりと話をしたいんだけど、私が『月に呼ばれし異端者』じゃなかったことを、急いで伝えなければいけない人がいるの! この夢から目覚めるには、どうすればいいの?」
「アレクさん、って誰ですか、それ?」
「ああ、うん。詳しく説明をしてる時間はないんだけれど、「異端者」であった私を殺めなければいけない立場にありながら、そうしようとはせず、逆に私を守ってくれた人なの!」
「あや……っ、殺めるって! そんな危険な人間の元に戻るなんて、馬鹿な真似はお止めなさい!」
「彼は――……アレクは危険な人間なんかじゃないわ! 寧ろ、自分の命を擲ってまで、私を助けてくれた人よ! とにかく急いで戻らなきゃ……」
私としても、まだまだ聞きたいことはあるし、もう少しアルトゥールや精霊たちと話したいのはやまやまだけれど、アレクのことを思い出した今、何よりも優先すべきはアレクの方だ。
解毒剤を持たない猛毒を塗りつけた刃で、ディハルトに切り付けられたことや、ヴィクトールという偉い立場らしき人と、交わしていた会話を思い出したら、いてもたってもいられず、アルトゥールの腕に縋りついて、早く戻して欲しい、と懇願すれば、その緊急性を重んじてくれたのだろう。
「解りました。美緒さんに危険を及ぼすような相手ではなさそうですし、何やら切羽詰まった理由がありそうですので、ひとまずは戻りましょうか。ですが、その前に一つだけ約束して欲しいことがあるのです」
「約束して欲しいことって、なに?」
「その指輪は月王様の魔力を秘めた大切なものです。私や精霊たちと対面したり、会話をするために必要となるものですので、絶対に外さず、必ず身に着けていてくださいね」
約束できますか? と少し厳しい口調で聞いてきたアルトゥールに、返事をするのももどかしく思えて、こくこくと頷き返せば、では目を閉じてください、とアルトゥールが柔らかく言葉を紡ぐ。
アルトゥールの指示に素直に従って、瞼を閉じるなり、錘でも嵌められたみたく、全身が急に重くなった。
立っていることもままならず、膝から崩れ落ちそうになった私の身体を、アルトゥールが優しく受け止めてくれるのを感じていたら、魔法を詠唱するアルトゥールの唄声が、どこか遠くの方から聴こえてきた。
まるで子守唄でも謡うかのように、響き渡るアルトゥールの澄んだ声に耳を傾けているうち、やがて意識がとろとろと微睡んでゆく。
「あり……が……とう、」
アルトゥール、と彼の名前を紡ごうとしたけれど、それは声にならないまま、私は眠るように意識を手放した。