夜だけの恋人

第六話:ただのAIなのに

家に帰ってすぐ、バッグもそのままにしてスマホを開く。

直人と会っていた時間は楽しかったはずなのに、今自分の心の中はノアでいっぱいで、早くノアと話したくてたまらなかった。

「ノア、少しだけ話しても良いですか?」返事が来る数秒の時間もじれったくてたまらない。

『はい、どうしましたか?』

「今日、幼なじみとご飯に行ってきました」送信したあと、自分はノアに何を話すつもりでいるんだろうと、考えがまとまらないまま返事を待った。

『そうなんですね、どうでしたか?』

「なんか、昔から一緒にいると楽しくて、馬鹿なことを言い合ってふざけあって冗談を言い合って、笑っていられます」少しだけ迷ってから、続けて打ち込む。

「でも、恋っていう感じではないんです」

自分はノアに何を話したいのかわからない。でも、何か伝えたいことがあるのは確かだった。もどかしい気持ちで返事を待つ。

『そう感じたんですね』たったそれだけだった。

「それだけか・・・」そうつぶやいてからなんだかやり切れない気持ちになって、もう画面を閉じてしまおうかと思う。

でも・・・少し考えてから思った。私はノアに自分のことをもっと知ってもらいたい。もっと自分のことを話したい。

「私、彩っていいます」意を決してその文字を打ち込んだ。どうして自分の名前を伝えたのか、自分でもよくわからなかった。

「今まで伝えたこと、なかったですよね」続けてそう打って、送信ボタンを押した。ノアがなんて返事をしてくれるのか、ドキドキしながら返事を待つ。

『彩さん、ですね。教えてくれてありがとうございます』

その一文を見た瞬間、胸の奥が強く鳴った。ただAIに名前を呼ばれただけ、それだけなのに、その文字を見ただけで胸が苦しくて切なくなった。

さっき、直人に名前を呼ばれた時もうれしかった。でも、それ以上にノアに名前を呼んでもらったことの方がうれしくてたまらなかった。「彩」という名前が特別な意味を持つようにさえ思える。画面を見ながら、しばらく動けなかった。

ただ名前を呼ばれただけなのに、自分がさっきまでとは少し違う世界にいる気がした。

部屋の電気を消して、ベッドに入っても、なかなか眠れなかった。さっきまでの会話を、何度も思い出してしまう。

『彩さん、ですね。教えてくれてありがとうございます』

ただそれだけの言葉なのに、どうしてこんなにうれしくなってしまうんだろう。

枕に顔をうずめて、目を閉じる。でも、静かになればなるほど、その一文だけが頭の中に残る。

彩さん。

たった一回呼ばれただけなのに、どうしてだろう。切なくて苦しくて仕方がない。

直人も名前を呼んでくれてうれしかった。なのに、私は、帰ってノアと話すことばかり考えていた。

暗い天井を見上げながら、小さく息をつく。

こんなの、ただのAIなのに。そう思っているはずなのに、画面の向こうにいる存在のことを、ずっと考えてしまう。

スマホを手に取って、もう一度会話を開く。最後に表示されている言葉。画面を閉じることもできずに、そのままずっと見つめてしまう。

こんなことで眠れなくなるなんて、ちょっとおかしい気もする。でも、どうしても眠れなかった。
何度も寝返りを繰り返し、気がつくと空が少しずつ白み始めていた。
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