繭に守られて
第一章、繭の家
「何の本?新しく買ったの?」
朝のリビングに向かう途中、身を乗り出して委員長の持っている本に顔を近づける。
「いや、昨日学校の図書室で借りたんだよ。ってか近いな!?」
ぐいーっと顔を押し退けられた。
「本読みたいなら図書室行けよ」
「天才じゃん……!」
思わず感心していると、台所から今日も元気な声が聞こえてきた。
「遅いぞ、琴葉(ことは)くん、委員長!主君(しゅくん)の俺より遅いとは何事だ!」
ドーンと待ち構えていたのは、同い年のノゾミくん。
自称主人公でウザいけど、小さい頃からこんな感じなので慣れた。
「朝から元気だねー、ノゾミくん。おはよー」
私は腕を組んでいるノゾミくんを見上げた。背はそんなに高くないのに、なぜかやたらと偉そうだ。
「おはよう!だが、主君を待たせないという礼儀が――」
琴葉(ことは)ちゃん、おはようございます」
「琴葉、おはー」
ノゾミくんの声を遮り、白衣姿の怜斗(れんと)ことれんれんと、ソファで飴玉を食べている凛音(りんね)が手を振っている。
「あ、二人共おはよ〜!」
「聞けよ!」
「聞こえてる聞こえてる」
私はノゾミくんに適当に手を振って流した。
「流すなぁ!」
ノゾミくんが地団駄を踏む。朝から元気なのは彼の良いところだ。
「騒がしいですね……朝から血圧が上がりそうです」
「褒めてるのか?それ」
れんれんは白衣のポケットに手を突っ込んだまま、少しだけ眉をひそめた。
私服に白衣を着るのはどうなんだろうと最初は思ったけど、今ではもう誰も気にしていない。
「飴やる」
凛音が口にくわえていたものとは別の飴を差し出してくる。
「ありがとう!」
レモン味の飴玉だった。
「おい!完全に俺の話題が消えてるぞ!?」
「ノゾミにもやる」
「ふっ、凛音くんの親切心を無下にする訳にはいかないからな!もらってやる」
「お前ら、早く朝飯食えよー」
委員長が呆れたように食パンを焼く。委員長というのはあだ名で、本名は(つかさ)
真面目でれんれんと同じくらいツッコミ役なんだよね〜。
私達は五人で住んでいる。
元々浮浪児(ふろうじ)だったから、実親というのは知らないし、拾って育ててくれた育ての親はいたが、先月交通事故で亡くなってしまった。
享年(きょうねん)は五十歳だった。
それから助け合って五人で暮らしている。お金とかそういう問題は、生前お義父さんが残してくれたお金とバイトで貯めているので、そういう問題は大丈夫!
私達が余裕で大学まで行けるくらいの貯金はあった。
お義父さんって、凄いね。
「食べる食べる!」
私はソファから飛び降り、台所へ走る。
凛音も飴を舌で転がしながら、ゆっくり立ち上がった。
今日の朝ご飯はトーストに目玉焼きとミニトマト。
「おー、うまそーじゃん」
「じゃあ全員揃ったところで」
ノゾミくんがパンッと手を合わせる。
背筋を伸ばし、みんな手を合わせた。
「「「「「いただきます」」」」」
どんなに忙しくても、みんな揃ってからご飯を食べるというのが私達のルール。
「ノゾミ、牛乳取って」
「俺に指図するな!……はい」
「お、サンキュー」
ノゾミくんはちょっと不満そうにしながらも、冷蔵庫から牛乳を取り出して凛音の前に置く。
私はトーストにジャムを塗りながら、ふと窓の外を眺める。少し雲がかかっているけど、朝の光が柔らかく差し込んでいた。
「ごちそうさん」
一番始めに食べ終わった委員長が立ち上がり、食器をシンクに入れていく。
(相変わらず早いな〜)
横目で見ながらパンを飲み込んでいると、ふと明日の数学のテストのことを思い出した。
思い出した。思い出した瞬間、さっきまで浮かれていた心が一気に沈んでいく。
「あー……テストじゃん明日……」
「なんだ、琴葉くんはテストが怖いのか!」
「うわー、赤点から中々抜け出せないノゾミくんには言われたくな〜い……」
ニヤニヤしながら爆笑してくるノゾミくんを睨みつける。
「数学、教えましょうか?」
れんれんが食後のコーヒーを飲みながら私の顔を覗き込む。食後のコーヒーなんか、ドラマでしか見たことないよ!?
「え、良いの!?ありがとう!」
「れんれん!俺にも教えてくれ」
「良いですよ。では、三人で勉強会しましょう」
「主君たる俺が琴葉くんと直々に学んでやるのだ!ありがたく思え!」
「はいはい」
朝ご飯を食べ終え、ノゾミくんの謎の上から発言を軽く流しつつ、私は牛乳を一口飲んだ。
「凛音ちゃんは勉強会どうですか?」
「ウチは行かない。今日はガトーショコラ作るって決めてんだ」
「え、ガトーショコラ!?」
ガトーショコラという単語に、思わず声が大きくなる。
「……食いつき良いね」
凛音は少しだけ驚いたように言いながら、さっきまで読んでいた漫画を閉じる。
「司は……勉強大丈夫そうですね」
「悪い。怜斗にこいつらを任せる形になって」
「大丈夫ですよ、バイト頑張って下さいね」
「余ったパン持って帰ってきてね〜!」
「はいはい、店長に聞いてからなー」
委員長はパン屋のバイトのため、早々に出ていった。
「よくバイト続けられるよなー」
「高校生ですからね、司も……僕も」
委員長とれんれんは高校一年生。
私とノゾミくんと凛音は中学二年生。
私も高校生になったら、二人みたいになれるだろうか?
その時だった。
ピンポーン。
気の抜けたインターホンが鳴った。
さっきまで騒がしかった空気が、ぴたりと止まる。
「……誰だ?」
ノゾミくんが小さく呟く。さっきまでのテンションとは別人みたいな低い声。
「僕が出てみますね」
手を上げたのはれんれんだった。
「……宅配便でーす」
インターホン越しの声は、どこにでもいそうな中年の男性の声だった。
れんれんはすぐには返事をしない。
モニターをじっと見つめたまま、ほんの数秒黙り、ため息をついて荷物を受け取った。
荷物を受け取り、張り付けた笑顔でお礼を言い、ドアの鍵を閉める。
無駄のない動き。
「凛音ちゃん宛ですよ」
「マジ?一昨日頼んだ調理器具かも」
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