【試し読み】お隣のハイスペ御曹司は一応、私の夫です~ビジネス婚のはずが旦那様は妻への溺愛が我慢できない~
どういうことだろう……。
私が不思議に思ったその瞬間、彼が私の唇を奪った。
「……ん!」
リハーサルと違う、額に落とされるはずのキスのはずがまさか唇だった。
待って……これはちょっと。
普通よりも時間が長く、会場がざわつき始めた。
しかし彼は周囲のざわめきなど気にせずに、キスを続けた。
最初は驚いていた私だったが、次第に思考が停止して彼のキスをただ受け入れる。
私の膝ががくっと崩れ落ちそうになった瞬間、彼が唇を離して私を支えてくれる。
どうしてキスしたの? 約束と違う!
彼のニヤッと笑った顔が視界に入ってきた瞬間、驚きと怒りが湧きそうになって慌てて落ち着けた。
これは仕事、仕事なんだから。私は鳳凰寺凌平の完璧な妻だ。
自分に暗示をかけて取り繕う。わずかに恥じらうような表情を見せて彼を見上げた。
すると彼が顔を寄せてきて、私にだけ聞こえる声で話しかけてきた。
「もっと動揺するかと思ったのに、つまらん」
「……わざと失敗させようとしていますか?」
「そんなことない、俺は俺なりに妻への愛をみんなに見せただけだ」
まったく悪びれる様子もない。きっと彼から「これくらいのことで動揺するな」というメッセージに違いない。
この仕事……本当に引き受けてよかったのかな。
私は凌平の腕に手を絡め、来客に笑顔を向けた。
教会での式の後は、披露宴会場に移動した。
私は溢れるほど豪華な花が飾られた高砂で、次々とやってくるお客様に向けて笑顔で挨拶をしている。
日本でも三本の指に入る高級ホテルの、一番大きなバンケットルーム。かつて有名芸能人が結婚式の中継を行ったことでも有名な場所で、凌平と私の結婚披露宴が行われていた。
通常、この部屋を押さえるのは一年以上前でなければ難しいはずだ。しかし鳳凰寺家にかかれば、三カ月後の縁起のいい日を押さえることくらいなんでもないことのようだ。
正直、普段はこんなに長時間笑みを浮かべ続けることなどないので、顔の筋肉が引きつりそうだ。
列席者は鳳凰寺家にゆかりのある方ばかりだ。仕事関係で知っている顔もあったが、ほとんど初対面の人に列席のお礼を笑顔で伝える。
なかなかにきつい仕事だ。これなら普段の激務の方が何倍もましに思えた。
「疲れていないか? ほら、これ食べて」
挨拶の人が途切れた瞬間、彼が私の口元にフォークを運んできた。私は彼をチラッと見ると目で「ほら」と促されて、仕方なく口を開けて咀嚼する。
注目されている中、失敗できないと所作に気を配っていたせいでなにを口の中に放り込まれたかもわからない。
「あぁ、こんなところにソースつけて」
彼が指で拭うと、そっとそれを自身の口元に運んだ。それを見ていた招待客の女性の一部から黄色い声があがる。
これ絶対にわざとやっている。彼はそれらしく見せるのが本当にうまい。
「もう少しだから、頑張れ」
彼はそう言いながら、私の頭を撫でる。カメラマンがシャッターを押しているのが目の端に入ってきた。
きっとこれもすべて計算されているのだろう。