【試し読み】お隣のハイスペ御曹司は一応、私の夫です~ビジネス婚のはずが旦那様は妻への溺愛が我慢できない~
「おかえりなさいませ、鳳凰寺様」
コンシェルジュの女性が完璧な角度の美しいお辞儀をしながら、私たちを出迎える。その前を通過してエレベーターに乗り込んだ。
その間も私は彼の腕にしっかり掴まり、身を寄せて体を密着させる。彼はそんな私を甘い笑みを浮かべて見つめるのだ。
エレベーターの扉が閉まるその瞬間まで――。
ふたりきりになった瞬間、甘い雰囲気はすぐに霧散する。ふたりの間もお互いが一歩ずつ距離を取るので、二歩分間が空く。
その後はお互い無言で自分たちの住む部屋のあるフロアに到着するのを、階数表示を見ながら待つのだ。
ポーンと到着の音が鳴り、ふたりで一斉に出る。
さっきまでのレディファーストや、甘えた態度などまぼろしだったかと思えるほど他人行儀なふたり。
〝お互い〟の部屋の前まで来ると、凌平が私の方を見た。
「おつかれさまでした」
私が頭を下げている間、彼は自分の部屋の鍵を開けていた。
「あぁ、また明日な」
そう言うとさっさと中に入ってしまう。
私もそれを特別気にすることなく中に入り、ヒールを脱ぐ。勢いで転がってしまったのをきちんと並べ、電気をつけながらスリッパを履いた。
一日中窮屈なヒールを履いていた足が、悲鳴をあげている。
さっそくソファにダイブして目をつむる。行儀が悪いとわかっているけれど、いったんここでリセットしないと体が動かない。
「はぁ……疲れた」
どっと疲れが押し寄せてくる。きっと気疲れが原因だ。
私、鳳凰寺花南乃は間違いなく鳳凰寺凌平の妻だ。結婚して半年、まだ新婚といってもいいくらいのふたりのはずの私たち。
けれど実際は彼が隣の部屋で今になにをしているのかも、これからどう過ごすのかも知らない。
私たちはみんなが憧れるカップルだ。先日なんて取材まで受けた。
完璧な夫婦。それが鳳凰寺夫妻。
――これは仕事としての結婚。
そう私たちは、完全無欠の仮面夫婦だ。