【試し読み】お隣のハイスペ御曹司は一応、私の夫です~ビジネス婚のはずが旦那様は妻への溺愛が我慢できない~
「ねぇ、さっき見た? 社長と奥様のイチャイチャ」
イチャイチャ? そんなことしただろうか?
本人に身に覚えがなさすぎて、思わず耳をそば立てた。
「あぁ、さっきエレベーター前で抱き合っていたやつね。いやぁドラマかと思った」
ついさっきのあのことかと、やっとピンときた。どうやら多数の目撃者がいたみたいだ。
「営業部長の気まずそうな顔見た?」
「見た! あんな風に見せつけられたらあの顔にもなるよね。でも、私あのイチャイチャから養分もらって生きてるからありがたかったわ~」
「わかる、社長夫婦が推しカップルなんてなんてご褒美なの。しかも社長と秘書とか美味しい設定。あんなキラキラしたふたりを間近で見られるなんて、この会社に就職して本当によかった」
褒められているのだろうけれど、だからこそ余計に気まずい。彼女たちが推しているそのカップルのすべてが作りものだとはさすがに言えない。
「社長の花南乃さんを見る目から、溺愛が伝わってくるよね」
「そうそう、それで花南乃さんのちょっと気の強そうなクールビューティな顔が恥ずかしそうになるの! あれタダで見ていいものだと思う?」
クールビューティ? あの引きつった笑顔が周囲にはそう見えるのだろうか。自分に対する評価が間違った方向に独り歩きしていて不安になる。
「でもさぁ、不思議じゃなかった? あの花南乃さんが結婚するなんて」
「あぁ、それね。あの人どんなに優良物件から声かけられても無残に切り捨てていたもんね」
優良物件というのは、結婚に適している男性のことで、切り捨てるというのは交際をお断りするということだ。
「恋愛も結婚もしない人だと思っていたのに、いざふたを開けたら社長と電撃結婚だもんね」
「もしかしたら、ずっと隠れて付き合っていたのかも。うまく隠していて結婚を機に公にしてあのラブラブっぷりなんじゃない?」
確かに急に夫婦オーラ振りまきはじめたら、周囲は変に思うだろう。隠れて付き合っていたと思われても仕方ない。むしろその設定が一番しっくりくるとさえ思う。
凌平が変に演技が上手なおかげで、都合よく憶測されているようだ。
周囲が私たちをどう思っているのか、こっそり知ることができたのはよかった。
そうこうしていると、化粧直しが終わったのか彼女たちは話を切り上げた。
「さて、今日も推しのために、仕事頑張ろうね」
もうひとりが「ね」なんて言いながら出ていったのが、気配で感じ取れた。
人のあまりいない化粧室だから気を抜いていた。
周囲が自分たちをそんな風に見ているなんて……。騙しているようで申し訳ない気持ちと、きちんと任務をこなせているという気持ちが入り混じる。
後悔したって仕方ない。仕事として引き受けたのだから、完璧を目指すべきだ。
でも、時々どうしてこうなったのかと思うこともある。
それは半年前のことだった。