御曹司はただの同期のはずだったのに
やがて。ノブにかかっていた気配が、ゆっくりと離れた。

足音が、少しずつ遠ざかっていく。

何も言わずに。ただ、それだけで。

ドアの向こうが、完全に静かになる。

私はその場に立ったまま、動けなかった。

手はまだ、チェーンに触れたまま。

(……これでいいの)

心の中で、何度も繰り返す。

これでいい。これで終わる。

そうしなきゃいけない。

分かっているのに。

胸の奥が、じんわりと痛む。

ドア一枚隔てただけで。

こんなにも遠くなるなんて、思わなかった。

それから毎日のように、インターホンが鳴った。

もう何度目か分からない。

理人は、毎日来ていた。

その度に私は、同じ言葉を繰り返していた。

「……帰って」

かすれた声で。

それでも、今日は、違った。

「理由を教えてくれ」

低く、まっすぐな声。
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