消せない痕 ~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~
── そこから少し離れた場所で

壁に背を預け腕を組んだまま、
遠ざかるふたりの背に視線を向ける
黒崎部長の姿があった。

ふたりがオフィスへ消えると、
視線は、ゆっくりと足元へ落ちていく。

妻が磨いた革靴が、
窓から差し込む朝日の光を、
鈍く返していた。

組んだ腕の内側で、
拳をきつく握りしめる。

行き場のない想いを持て余した瞳は、
固く閉じた。

身勝手な理由で突き放しているのは、
俺の方なのに。

彼女が他の男と並んでいる姿を見ると、
この背の後ろに閉じ込めてしまいたくなる。

誰にも触れさせないように――

……分かっている。
そんな資格など、ない。

それでも、
目が離せない。

「このプロジェクトに相応しくないのは
……俺だ」


── 昼 ──

隣の席の先輩、相沢さんとランチへ出ていた。

彼女の話題は、
自身の机の上に並べられたK-POPグッズと推しの話、
それから社内の噂話が中心だった。

自分とは無縁の世界の話だけど、
聞いているうちに、意外と面白く感じていた。

エレベーターを降り、
オフィスへ向かう廊下の隅で、
黒崎部長が
誰かと電話をしている姿が目に入った。

仕事の電話だろうと思い、
そのまま通り過ぎようとした瞬間、
相沢さんに、ぐいっと腕を掴まれた。

「ちょっと来て!」

「えっ?!」

強引に連れていかれた先は、
彼の姿は見えないけれど、
声だけが届く場所だった。

「あの……相沢さん?」

私の囁きは、
彼女の「シー」というジェスチャーに遮られる。

「黒崎部長、きっと奥さんと話してるんだわ」

奥さん――。
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