消せない痕 ~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~
「……黒崎部長」
呼びかけた瞬間、
キーボードを打つ彼の手が止まり、
鋭い視線のまま、こちらを見る。
「今日は、帰らせていただきます。
報告書は持ち帰って、
必ず明日の朝までに仕上げてきます」
彼はすぐに視線を画面へ戻し、
タイピングを再開しながら、
淡々と言う。
「お疲れさま」
奥さんと話していた時の声との違いに、
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
今朝、森下さんに
励まされたばかりなのに……。
それでも、このプロジェクトで、
私は彼に必要とされていないのではないか、
そんな思いが、どうしても消えなかった。
家に持ち帰る資料を取ろうと、
棚の上段へ手を伸ばす。
けれど、指先が届かない。
精一杯、背伸びをすれば……
その瞬間だった。
背後から、静かな気配が近づき、
ふいに視界が暗くなる。
彼の腕が、私の肩の上を横切り、
指先が、私の取ろうとしていた資料に触れた。
体が硬直し、
鼓動だけが、はっきりと脈打つ。
棚と彼に挟まれ、
少しでも動けば、
背中が彼の胸に触れてしまう。
彼は資料に手をかけたまま、
私を逃がさない距離で、低く言葉を落とした。
「先に言っておく」
かすかな息が、耳元をかすめる。
「俺は、白石さんのことを優秀だと思っている。
このプロジェクトのパートナーが
白石さんで良かった。
……共に、成功させたいと思っている」
背後にいる彼の表情は見えない。
けれど、
いつもの冷たい空気とは、明らかに違っていた。
「最後まで、俺といてくれないか」
それは上司の指示ではなく、
逃げ道を塞ぐように、
女としての私を呼び寄せるように、
甘く、静かに、耳元へ落ちる。
返事もできずにいると、
彼は資料を、
私の手の上へ重ねるように渡してくる。
気づけば、
彼の腕が私の胸元へ回り、
背後から包み込まれるような体勢になった。
「これで…… 合ってるか?」
耳のすぐ後ろで落とされた声は、
恋人に囁くように、優しく、柔らかい。
資料の確認の言葉なのに、
触れ合う距離の方に、意識が奪われた。
呼びかけた瞬間、
キーボードを打つ彼の手が止まり、
鋭い視線のまま、こちらを見る。
「今日は、帰らせていただきます。
報告書は持ち帰って、
必ず明日の朝までに仕上げてきます」
彼はすぐに視線を画面へ戻し、
タイピングを再開しながら、
淡々と言う。
「お疲れさま」
奥さんと話していた時の声との違いに、
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
今朝、森下さんに
励まされたばかりなのに……。
それでも、このプロジェクトで、
私は彼に必要とされていないのではないか、
そんな思いが、どうしても消えなかった。
家に持ち帰る資料を取ろうと、
棚の上段へ手を伸ばす。
けれど、指先が届かない。
精一杯、背伸びをすれば……
その瞬間だった。
背後から、静かな気配が近づき、
ふいに視界が暗くなる。
彼の腕が、私の肩の上を横切り、
指先が、私の取ろうとしていた資料に触れた。
体が硬直し、
鼓動だけが、はっきりと脈打つ。
棚と彼に挟まれ、
少しでも動けば、
背中が彼の胸に触れてしまう。
彼は資料に手をかけたまま、
私を逃がさない距離で、低く言葉を落とした。
「先に言っておく」
かすかな息が、耳元をかすめる。
「俺は、白石さんのことを優秀だと思っている。
このプロジェクトのパートナーが
白石さんで良かった。
……共に、成功させたいと思っている」
背後にいる彼の表情は見えない。
けれど、
いつもの冷たい空気とは、明らかに違っていた。
「最後まで、俺といてくれないか」
それは上司の指示ではなく、
逃げ道を塞ぐように、
女としての私を呼び寄せるように、
甘く、静かに、耳元へ落ちる。
返事もできずにいると、
彼は資料を、
私の手の上へ重ねるように渡してくる。
気づけば、
彼の腕が私の胸元へ回り、
背後から包み込まれるような体勢になった。
「これで…… 合ってるか?」
耳のすぐ後ろで落とされた声は、
恋人に囁くように、優しく、柔らかい。
資料の確認の言葉なのに、
触れ合う距離の方に、意識が奪われた。