消せない痕 ~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~
あまりにも自然に言い切られ、
私は言葉を失った。
森下さんは何か言いかけて、
口を開きかける。
けれど、黒崎部長の視線に押され、
小さく息を吐いた。
「……お疲れ様でした」
森下さんは会釈すると、
私へ軽く手を挙げた。
一瞬だけ視線が合う。
「じゃあな」
どこか納得のいかない響きを残して
エントランスへ向かっていった。
人の波に紛れ、
森下さんの背中は、
すぐに人混みに飲み込まれる。
その背中を何も言わずに見ていた
黒崎部長の視線が、
ほんの一瞬だけ細くなった。
やがて、その視線が
ゆっくりと私へ向く。
耐えきれず、
先に口を開いたのは私だった。
「……あの、私なら大丈夫です。
タクシー呼びますので、お構いなく……」
私を見ていた黒崎部長の視線が、
ガラス越しに見えるタクシー乗り場、
絶望的なほど続く長蛇の列へと流れる。
「あの列に並ぶつもりか?」
言い返せず、言葉が喉で止まる。
それでも――
黒崎部長の車に乗るなんて。
心臓が、もつはずがない。
やはり断ろうと息を吸いかけた、そのとき、
頭上から、低い声が落ちてきた。
「風邪でも引かれて休まれては、俺が困る」
そう言って、
私の手首を掴もうとした彼の手が、
宙で止まる。
彼の喉が、わずかに上下する。
宙に浮いた手が、ぎゅっと握られた。
彼は一瞬だけ視線を落とし、
やがて、何事もなかったかのように
踵を返し、歩き出した。
「ついて来い」
有無を言わせぬ声に
私は思考より先に、彼の背を追っていた。
私は言葉を失った。
森下さんは何か言いかけて、
口を開きかける。
けれど、黒崎部長の視線に押され、
小さく息を吐いた。
「……お疲れ様でした」
森下さんは会釈すると、
私へ軽く手を挙げた。
一瞬だけ視線が合う。
「じゃあな」
どこか納得のいかない響きを残して
エントランスへ向かっていった。
人の波に紛れ、
森下さんの背中は、
すぐに人混みに飲み込まれる。
その背中を何も言わずに見ていた
黒崎部長の視線が、
ほんの一瞬だけ細くなった。
やがて、その視線が
ゆっくりと私へ向く。
耐えきれず、
先に口を開いたのは私だった。
「……あの、私なら大丈夫です。
タクシー呼びますので、お構いなく……」
私を見ていた黒崎部長の視線が、
ガラス越しに見えるタクシー乗り場、
絶望的なほど続く長蛇の列へと流れる。
「あの列に並ぶつもりか?」
言い返せず、言葉が喉で止まる。
それでも――
黒崎部長の車に乗るなんて。
心臓が、もつはずがない。
やはり断ろうと息を吸いかけた、そのとき、
頭上から、低い声が落ちてきた。
「風邪でも引かれて休まれては、俺が困る」
そう言って、
私の手首を掴もうとした彼の手が、
宙で止まる。
彼の喉が、わずかに上下する。
宙に浮いた手が、ぎゅっと握られた。
彼は一瞬だけ視線を落とし、
やがて、何事もなかったかのように
踵を返し、歩き出した。
「ついて来い」
有無を言わせぬ声に
私は思考より先に、彼の背を追っていた。