消せない痕 ~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~
── 静けさが満ちる寝室の中で
衣服を落とす音と、唇が触れ合う音だけが響く。

なだれ込むように体がベッドに沈み、
彼の影が、覆いかぶさるように私を包む。

その影の中で、
ふたりの呼吸だけが異様に熱い。

彼の指先が、ベルトのバックルに触れる。

金具が小さく鳴り、
ベルトが擦れる音が、静かな部屋に響く。

布の擦れる音が続き、
耐えきれず、指先でシーツを強く握りしめた。

肩の横に置かれた彼の腕には血管が浮き、
固く張ったその線が、
抑えていた衝動を浮き彫りにする。

「……由依」

初めて呼ばれた名前に、
胸の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになる。

嬉しいのか、怖いのか。
その理由さえ、もう分からない。

愛おしそうな視線に、
手が、止まらなかった。

彼に触れ、
その熱を確かめずにはいられない。

触れた瞬間、
彼の吐息が耳元を通り、
そのまま肩へ、胸元へと落ちる。

息が触れた場所から、電流みたいな熱が走り、
思わず名前がこぼれた。

「……っ、黒崎……部長」

彼の唇が、私の肌を愛撫する音に、
かすかに笑う気配が混じる。

「……違う。名前で呼んで」

すぐには、声が出なかった。

息が揺れ、吐息のように漏れる。

「……修司……さん」

小さく息を呑む気配。

次の瞬間――

両手首がベッドに押さえつけられた。

視線が絡み合ったまま、
彼の指先が手のひらをなぞり、
ゆっくりと絡め取られていく。

「……由依」

首元に落ちる唇。

「……由依」

今度は頬へ。

彼の指に、下唇を軽く押さえられる。

彼の視線がそこに落ちたまま、動かない。

「……口、開けて」

閉じていたはずの唇が、
抗えずほどけていく。

「……そう」

囁きとともに、
貪るように、私の唇は塞がれた。

浅く、深く、
角度を変えながら繰り返される口づけ。

ずっと抑えていた息が、
すべて注がれてくるようだった。

触れるたびに息が混ざり、
離れるたびに、細い糸が光をすべって伸びる。

その糸を、再び絡め取るように唇を重ねた。

彼の指が、腰の近くをかすめる。

胸の奥が熱くなり、
全身が、反応してしまう。

もう…… 戻れない――

彼の腕に腰を引き寄せられ、
さらに深く、引き込まれた。

彼の熱が、身体の奥深くに注がれる。

顎が上がり、体が跳ねる。

漏れた声は、吐息ごと彼の唇に奪われた。

唇の端から、透明な雫がこぼれる。

肌が触れ合う音と、
荒く乱れた呼吸に包まれながら
彼の腕の中で、
ただ、息をすることしかできなかった。
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