消せない痕 ~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~
── AM 1:50 ──

ベッドの中で目を閉じたまま、
私は、彼の気配だけを追っていた。

背中越しに聞こえる、
シャツを羽織る音

ベルトの金具が、
静かに噛み合う音

腕時計の、
バックルの音

ネクタイを締め直す、
わずかな布の擦れる音

いつもの正しい場所へ、
戻っていく音

胸の奥が、ぎゅっと苦しくなる。

彼の影が、近づき、
シーツがわずかに沈む。

額に
頬に
そして、最後は唇に

触れるだけの、短いキス。

何も言わないまま、
彼は静かに身を離した。

今すぐ彼の背にしがみつき、
「行かないで」と泣き叫べたら――

それで、何かが変わるのだろうか。

静かに閉められたドアの音が、
部屋に残った余熱を、切り離す。

私は、まだ彼の体温が残るベッドの中で、
シーツを握りしめたまま、
しばらく動けずにいた。


── AM 2:30 ──

玄関の鍵を回す音が、やけに大きく響いた。

靴を脱ぐ手が、わずかに遅れる。

廊下の奥は、静まり返っている。

リビングの扉の隙間から、
わずかに漏れる常夜灯の光だけが、
床に細く伸びている。

……寝てるか。

胸の奥で、張りつめていたものが、
わずかに緩んだ。

ネクタイを緩める手が、
途中で止まる。

シャツをつかまれた感触が、
ふいに蘇る。

そのとき――

かすかな気配が、背後で動いた。
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