消せない痕 ~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~
「……すごいとは思ってたけど」

相沢さんは、小さく息をつく。

「ここまでとはね……
いや、レベチじゃない?」

「ふたりとも、本当にすごいわ」

相沢さんは、声をひそめながらも、
抑えきれない興奮をにじませていた。

「ありがとうございます。
……でも、まだ少し震えてます」

私は、わずかに口元を緩め、
席に着いた。

「やっぱり、あのふたり、すごいよね」

「どっちが欠けてもダメって感じ」

「あれだけ噛み合うって、なかなかないよ」

「仕事のパートナーとして、
あのふたりってちょっと別格だよな」

そんな声が、周囲で口々に囁かれる。

“仕事のパートナーとして”

これ以上ないほど、誇らしいはずなのに。
それだけで、十分なはずなのに――

その言葉が、
呪いのように胸に刺さる。

プロとしての距離は、どこまでも正しく、
そして残酷なほどに崩れない。

ふと、視線を感じて、顔を上げた。

フロアを見渡せる自席に身を沈め、
窓を背にしたその位置から、
黒崎部長の視線が、まっすぐこちらに向けられている。

すでに向けられていた視線は、
静かに熱を帯びて絡み、離してくれない。

周囲の喧騒が、ふっと消える。

色が抜け、彼だけが
輪郭を帯びて浮かび上がる。

「助かりました!
白石さん、ありがとうございました!」

明るい声が、不意に割り込んできて、
はっとして、視線を外す。

さっきまで青い顔をしていた男性社員が、
頬を赤らめ、深く頭を下げている。

「いえ、間に合ってよかったです」

その背後で、黒崎部長は、
すでに部下たちへ次の指示を出している。

いつもの部長の顔。

ふたりだから、乗り越えられた。

その実感と同時に、
また一つ。

戻れなくなる理由が増える。

分かっている。
許されるはずがないことくらい。

それでも――

熱を帯びたまま、
それは静かに積み上がっていく。
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