消せない痕 ~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~
思いもよらない言葉に、
一瞬、息が止まった。
「この前の雨の日も、昨日のトラブルの時も、
白石さんの隣には、いつも黒崎部長がいてさ」
「ああ、俺、いつも後ろだな、って……」
笑ってみせるけれど、
その笑顔は、少しだけ苦い。
「で、気づいた」
彼は、柔らかく微笑んだ。
「白石さんが好きなんだ。俺と、付き合って」
風が吹き、
胸の奥が小さく鳴った。
「一緒にいて楽しいし、変に気を使わないし」
肩をすくめ、照れたように笑う。
「ずっと一緒にいたいって思った」
ずっと一緒に――
その言葉は、
これから先の時間まで連れてきた。
あまりに真っ直ぐで。
汚れてしまった今の私には、眩しすぎて、痛かった。
視界が滲み、揺れる。
「返事は、今すぐじゃなくていいからさ。
ちゃんと考えて」
正しすぎる告白は、
私の後ろめたさに、容赦なく突き刺さる。
きっと……これが“正解"なんだ。
彼の手を取れば、
普通の、真っ当な幸せに戻れる。
誰の目も気にしなくていい。
誰も傷つけずに済む。
これを、選べばいい——
「……うん。ちゃんと考える」
彼は笑顔でうなずいた。
「おう、待ってる」
「……待つけどさ。
答え出す前に、他の奴と付き合ったりするなよ」
冗談めかしたその笑顔が、
心の奥に、静かに爪を立てる。
「じゃあ、仕事に戻るか!」
彼は、晴れた顔で太陽を仰ぎ、
眩しそうに片目を細めて、大きく伸びをした。
「俺、先に行くわ」
そう言うと、私の横をすり抜け、
背を向けたまま軽く片手を振った。
そのまま、迷いなく歩いていく。
その背中には、
一切の淀みも、後ろ暗さもない。
まっすぐな光が降り注いでいた。
「うん、後でね」
彼が去ったあと、
屋上には風の音だけが残った。
私はその場に立ち尽くし、目を閉じる。
脳裏に浮かんだのは、
いまそこにあった、眩しい笑顔ではなかった。
息が詰まるほど湿り気を帯びた雨音の中で、
愛おしいものを見るような、
それでいて、どこか困ったような笑み。
私を見つめ、「嫉妬だ」と囁いた、
あの甘い毒のような、低い声。
あの場所は、
自分が壊れていく場所だとわかるのに。
今も、耳の奥で熱く響く。
まるで、消せない痕のように――。
──少し離れた場所で、
コンクリートに落ちた革靴の影が、わずかに動いた。
一瞬、息が止まった。
「この前の雨の日も、昨日のトラブルの時も、
白石さんの隣には、いつも黒崎部長がいてさ」
「ああ、俺、いつも後ろだな、って……」
笑ってみせるけれど、
その笑顔は、少しだけ苦い。
「で、気づいた」
彼は、柔らかく微笑んだ。
「白石さんが好きなんだ。俺と、付き合って」
風が吹き、
胸の奥が小さく鳴った。
「一緒にいて楽しいし、変に気を使わないし」
肩をすくめ、照れたように笑う。
「ずっと一緒にいたいって思った」
ずっと一緒に――
その言葉は、
これから先の時間まで連れてきた。
あまりに真っ直ぐで。
汚れてしまった今の私には、眩しすぎて、痛かった。
視界が滲み、揺れる。
「返事は、今すぐじゃなくていいからさ。
ちゃんと考えて」
正しすぎる告白は、
私の後ろめたさに、容赦なく突き刺さる。
きっと……これが“正解"なんだ。
彼の手を取れば、
普通の、真っ当な幸せに戻れる。
誰の目も気にしなくていい。
誰も傷つけずに済む。
これを、選べばいい——
「……うん。ちゃんと考える」
彼は笑顔でうなずいた。
「おう、待ってる」
「……待つけどさ。
答え出す前に、他の奴と付き合ったりするなよ」
冗談めかしたその笑顔が、
心の奥に、静かに爪を立てる。
「じゃあ、仕事に戻るか!」
彼は、晴れた顔で太陽を仰ぎ、
眩しそうに片目を細めて、大きく伸びをした。
「俺、先に行くわ」
そう言うと、私の横をすり抜け、
背を向けたまま軽く片手を振った。
そのまま、迷いなく歩いていく。
その背中には、
一切の淀みも、後ろ暗さもない。
まっすぐな光が降り注いでいた。
「うん、後でね」
彼が去ったあと、
屋上には風の音だけが残った。
私はその場に立ち尽くし、目を閉じる。
脳裏に浮かんだのは、
いまそこにあった、眩しい笑顔ではなかった。
息が詰まるほど湿り気を帯びた雨音の中で、
愛おしいものを見るような、
それでいて、どこか困ったような笑み。
私を見つめ、「嫉妬だ」と囁いた、
あの甘い毒のような、低い声。
あの場所は、
自分が壊れていく場所だとわかるのに。
今も、耳の奥で熱く響く。
まるで、消せない痕のように――。
──少し離れた場所で、
コンクリートに落ちた革靴の影が、わずかに動いた。