消せない痕 ~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~

「……いや。何考えてんだ、俺」

白石さんはいま、大きなプロジェクトを任されて、
黒崎部長に必死に食らいついている。

隣にいるのは当然だ。

握りしめた缶がわずかに歪み、
鈍い音が夜に沈んだ。

「やっぱ駄目だな。
くよくよするの、性に合わない」

自分の気持ちに、嘘をつきたくない。

仲の良い同期の振りをして、
このまま何も言わずに隣にいることなんて、もうできない。

立ち上がってスーツの砂を払い、深く息を吸う。
潮の匂いが肺を満たし、迷いが薄れていく。

満月が静かに水面を照らしていた。

「俺が、幸せにしたい。
……俺の隣で、もっと笑ってほしい」

誰にも渡したくない――

でも、願うだけでは届かない。

……動くしかない。



――そう思っていたんだ、あの時は……。



── そして、現在 ──

盗み聞きしたわけじゃない。
けれど、黙っているのも気が引けた。

西島は声を落として言った。

「聞くつもりはなかった。たまたま……な。悪い」

顔の前で片手を立て、片目をつむる。

俺は目を見開き、息をのんだ。
……けれど、次の瞬間にはもう諦めていた。

「誰にも言うなよ」

「分かってるよ。
でも、よりによって白石さんって……お前」

西島は肩を震わせて短く笑った。

「なんだよ」

デスクに片肘をつき、
頬杖をついたまま恨めしそうに軽く睨みつけた。

「いや……悪い悪い。
でも、ちょっと高嶺の花じゃね?」

「うるさい。そんなこと、俺が一番分かってるよ」

吐き捨てるように言うと、
西島は「……だよな」と呟いてから、小さく頷いた。

そのあと、少しだけ真面目な顔になり、
グイッと身を乗り出して、俺の顔を覗き込んできた。

「でも、まあ……お前なら応援してやるよ」

その時だった――
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