消せない痕 ~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~
エンジンが切れた瞬間、夜の静寂が重く車内に満ちる。

彼はハンドルに腕を重ね、そこに頬を乗せ、
私を見つめる。

街灯の淡い光が、
フロントガラス越しに彼の顔を照らしている。

「着いたぞ」

低く落ちた声は、夜に溶けるように甘く、
それでいて抗いがたい色を帯びて耳の奥へ響く。

思わず、息を呑む。

視線が、ほどけない。

このまま彼といたら、私はきっと――

彼の視線から逃げるように、シートベルトを外した。

「……ありがとうございました」

ドアを開けて外へ出れば、
この夜も、この熱っぽい息苦しさも、すべてが終わる。

そう思ったのに――

​「白石さん」

呼び止められ、身体が強張る。

​「今日……何かあった?」

車内の空気が、一変した。

振り返ると、穏やかな声とは裏腹に、
その眼差しは逃げ道を塞いでいた。

「たとえば……森下と」

ドアハンドルに掛けた指が、凍りつく。

​「……別に……何も」

「正直に」

柔らかな声の奥に、
何かを必死に押し留めているような気配が混じる。

私は、唇を開きかけて――閉じる。
逃げ場を探すように、視線が揺れる。

それでも、
彼の視線を押し戻すことはできない。

​「……好きだと……言われました」

​彼が一拍、呼吸を乱す。

微かに開いた唇から、押し殺した吐息がこぼれ、
何かを堪えるように歪む視線が、私を捉えて離さない。
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