消せない痕 ~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~
森下さんの言葉が、脳裏をかすめる。

『待つけどさ。
答え出す前に、他の奴と付き合ったりするなよ』

胸の奥に、鈍い痛みが落ちる。

視界が揺れ、涙がひとつ、こぼれ落ちた。

それでも――
私は、目を閉じる。

それが、私が出した答えだった。

唇に触れた彼の舌先の熱。

自ら唇を割り、なだれ込んできた温もりを、
身体の奥へと招き入れる。

混ざり合う吐息の中で、いっそ壊れるほど求めてほしい。
そう願いながら。

重ねるたびに、理性は虚しく崩れ、
熱は深さを増していく。

「何度も言い聞かせた……」

唇の隙間から漏れる、彼の苦しげな声。

「そう思えたら……」

耳元で鳴る、シーツを強く掴む乾いた音。

「こんなに……」

触れられるたび、罪悪感すらも熱に変わっていく。

指先が輪郭をなぞり、そのまま腰へと滑り落ちる。
シーツが静かに乱れ、肌と肌の隙間が消える。

「由依……」

弾かれたように、彼に強く抱き寄せられた。

好きだと言えないまま、
ただ彼の首に腕を回し、必死にしがみついた。

離さないでと、祈るように――。

彼の喉が耳元で低く鳴る。

​彼の手に掴まれた腰が、わずかに浮き上がり、
熱い吐息とともに、彼の熱が体の奥へと流れ込んでくる。

内側から突き上げる鼓動が、
彼との境界を曖昧にしていく。

拒む術など、もう失ってしまった。
いっそこのまま、彼の一部に溶けてしまいたい。

彼の肩に爪を立て、胸に顔を埋める。

「……ごめん」

そう言うくせに、
抱き締める腕は、少しも緩まない。

首筋を這う唇から湿った吐息が、直に肌を焼き、
低く掠れた声が滴り落ちた。

「手はそこじゃなくて……背中がいい。
そうすれば……もっと深く、繋がっていられる」

彼の広い背中に腕を回し、ぎゅっとしがみつく。

強く抱き締め返してくる彼の腕の中は――
正しい居場所ではない。

どこへ堕ちていくのかも、分からない。

朝になれば、耐えがたい後悔に襲われるかもしれない。

それでも――
離れるなんて、できない。

私たちは、互いの体温に激しく溶け合うように、
自ら戻れない境界線を踏み越えていった。




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