消せない痕 ~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~
陽だまりの向こう側
── 翌朝 ──

目を覚ますと、
隣にあったはずの温もりは、もう、そこにはなかった。

残されたシーツの乱れが、
彼が確かにここにいた証のようで、
しばらく身体を起こせずにいた。

深く息を吸うと、彼の名残が胸に触れる。
昨夜の記憶が、甘い毒のようにじりじりと焼きついた。

床に散らばったままの服が、視界の端に映る。

拾い上げる気になれず、
重い身体を引きずるように浴室へ向かった。

鏡の前に立ち、思わず視線が止まる。

昨夜の名残を刻んだ痕が、
首筋から胸元にかけて、色となって滲んでいる。

目を逸らしたくなった。

……戻るつもりでいた。

なのに――
その痕を指先でなぞってしまう。

触れると、昨夜の熱が再び疼き始める。

鏡の中の自分は、輪郭がぼやけ、
もう、知らない誰かみたいだった。


── 社内 ──

早朝の休憩室は静かで、
自動販売機の低い駆動音だけが、規則正しく響いていた。

ホットコーヒーのボタンを押し、
落ちてきた缶を手に取り、一口含む。

温かさは確かにあるのに、喉を通る液体は、
無機質で空っぽの身体をすり抜けていくだけだった。

その時――
不意に、肩に触れる気配に振り向く。

「……大丈夫か?何度も呼んだのに」

森下さんが、膝に手をついて身を屈め、
心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「……ごめん。ちょっと考え事してた」

目を合わせられず、缶の飲み口を見つめたまま答える。

彼はわずかに眉を寄せ、
私の顔色を窺うように一歩、距離を詰めた。

「プロジェクトのことか?
……それとも、黒崎部長のことか?」
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