消せない痕 ~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~
祈りの先へ
── 翌朝 ──
真美は、いつものように笑顔で夫を送り出した。
ドアが閉まった瞬間に、張り付いた笑みを剥がし、
深く、長く息を吐き出す。
家の中から音が消えた頃、冷蔵庫を開けた。
そこには、いつもより少し早起きして作ったサンドイッチが、丁寧なラップに包まれて並んでいる。
夫の好きな具材、夫の好むパンの厚さ。
紙袋に入れようと伸ばした手が、触れる直前で止まる。
確かめたいわけじゃない。
差し入れを持っていけば、夫の日常が見られる。
社内でいつも通り働く夫の姿をこの目で見れば、
胸につかえるしこりも、薄暗い疑念も、
きっと笑い話に変えられる。
自分に言い聞かせる言葉を、幾重にも塗り重ねて、
その下に渦巻く別の気配に蓋をした。
ラップの端を指先でなぞり、
不吉な空気が入り込まないよう、念入りに密閉する。
でも、もし。
ほんの少しでも、そこに違う何かが混じっていたら――。
指先の微かな震えを、
サンドイッチと一緒に紙袋の奥へ押し込めた。
ラップ越しに伝わる、まだほのかに残るパンの温もりが、
皮肉にも、自分の指先の凍てつきを浮き彫りにする。
「大丈夫よ。きっと大丈夫。……何もないわ」
そう呟きながらも、胸の奥の鼓動は裏腹に、
抑えきれず小刻みに速くなっていく。
目を伏せて、息を整える。
お願い――
何も、ありませんように。
それは、真美の唯一の祈りだった。
── お昼 ──
昼休みが始まる頃、真美は会社のロビーに立っていた。
真美は、いつものように笑顔で夫を送り出した。
ドアが閉まった瞬間に、張り付いた笑みを剥がし、
深く、長く息を吐き出す。
家の中から音が消えた頃、冷蔵庫を開けた。
そこには、いつもより少し早起きして作ったサンドイッチが、丁寧なラップに包まれて並んでいる。
夫の好きな具材、夫の好むパンの厚さ。
紙袋に入れようと伸ばした手が、触れる直前で止まる。
確かめたいわけじゃない。
差し入れを持っていけば、夫の日常が見られる。
社内でいつも通り働く夫の姿をこの目で見れば、
胸につかえるしこりも、薄暗い疑念も、
きっと笑い話に変えられる。
自分に言い聞かせる言葉を、幾重にも塗り重ねて、
その下に渦巻く別の気配に蓋をした。
ラップの端を指先でなぞり、
不吉な空気が入り込まないよう、念入りに密閉する。
でも、もし。
ほんの少しでも、そこに違う何かが混じっていたら――。
指先の微かな震えを、
サンドイッチと一緒に紙袋の奥へ押し込めた。
ラップ越しに伝わる、まだほのかに残るパンの温もりが、
皮肉にも、自分の指先の凍てつきを浮き彫りにする。
「大丈夫よ。きっと大丈夫。……何もないわ」
そう呟きながらも、胸の奥の鼓動は裏腹に、
抑えきれず小刻みに速くなっていく。
目を伏せて、息を整える。
お願い――
何も、ありませんように。
それは、真美の唯一の祈りだった。
── お昼 ──
昼休みが始まる頃、真美は会社のロビーに立っていた。