消せない痕 ~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~
場違いな祈り
お昼という時間帯もあり、フロアの人影はまばらだった。
コピー機の低い駆動音。
キーボードを叩く規則的なリズム。
乾いた紙と空調の匂いが混ざった、オフィス特有の空気。
懐かしいというより、身体が覚えている場所だった。
「変わってないでしょ?」
振り向いた元同僚が、軽やかに笑う。
「そうね」
微笑みを返しつつ、無意識に背筋を伸ばしていた。
一社員として働いていた、かつての自分を、
内側から塗りつぶしていくように。
――いま、黒崎修司の妻としてここにいる。
そう意識した瞬間、
周囲の視線が、一斉にこちらへ集まるのがわかった。
元同僚が、わざとらしく声を張った。
「黒崎部長、奥さん来てますよ!」
その声に、夫が顔を上げる。
ほんの一瞬だけ、表情が凍りついた――
ように見えた。
けれど次の瞬間には、
何もなかったかのように笑みを整える。
……気のせい、よね。
「えっ、黒崎部長の奥さん?」
「うそ、すごく綺麗な人……」
軽い冷やかしと、悪意のないざわめきが、
波のように広がる。
フロアの人たちに小さく会釈を重ね、
彼女に促されるまま、窓を背に座る夫の方へ進んだ。
窓の向こうには、高層ビル群が立ち並び、
ガラス越しに反射する光が、鋭く瞬いている。
青空が、やけに遠く見えた。
その景色は、ここで働く人間のものだと、
無言で突きつけてくるようだった。
夫のデスクの前に着くと、
真美は一歩手前で静かに足を止めた。
一度だけ呼吸を整え、やわらかな微笑みを形にする。
「お疲れ様、修司さん」
コピー機の低い駆動音。
キーボードを叩く規則的なリズム。
乾いた紙と空調の匂いが混ざった、オフィス特有の空気。
懐かしいというより、身体が覚えている場所だった。
「変わってないでしょ?」
振り向いた元同僚が、軽やかに笑う。
「そうね」
微笑みを返しつつ、無意識に背筋を伸ばしていた。
一社員として働いていた、かつての自分を、
内側から塗りつぶしていくように。
――いま、黒崎修司の妻としてここにいる。
そう意識した瞬間、
周囲の視線が、一斉にこちらへ集まるのがわかった。
元同僚が、わざとらしく声を張った。
「黒崎部長、奥さん来てますよ!」
その声に、夫が顔を上げる。
ほんの一瞬だけ、表情が凍りついた――
ように見えた。
けれど次の瞬間には、
何もなかったかのように笑みを整える。
……気のせい、よね。
「えっ、黒崎部長の奥さん?」
「うそ、すごく綺麗な人……」
軽い冷やかしと、悪意のないざわめきが、
波のように広がる。
フロアの人たちに小さく会釈を重ね、
彼女に促されるまま、窓を背に座る夫の方へ進んだ。
窓の向こうには、高層ビル群が立ち並び、
ガラス越しに反射する光が、鋭く瞬いている。
青空が、やけに遠く見えた。
その景色は、ここで働く人間のものだと、
無言で突きつけてくるようだった。
夫のデスクの前に着くと、
真美は一歩手前で静かに足を止めた。
一度だけ呼吸を整え、やわらかな微笑みを形にする。
「お疲れ様、修司さん」