消せない痕 ~甘く危うく、既婚者上司と崩れる理性~
サンドイッチ。

夫は一瞬だけそれを見つめ、わずかに視線を外した。

それは、躊躇とも、ためらいともつかない、不自然な空白。

夫はサンドイッチの包みを素早く受け取ると、
それを隠すように、手近な書類の下へ滑り込ませた。

「……ありがとう。エントランスまで送るよ」

表情も声も穏やかで落ち着いているのに、
立ち上がる仕草が、どこか後ろ暗く見える。

こんなふうに言葉を急ぐ人だっただろうか――。

まるで、見せたくないものを背中で覆い隠すような。

あるいは、これ以上、
自分の領域に踏み込ませないための拒絶のようにも。

「修司さん、少し時間ある?
私のも持ってきたの。お昼、一緒に食べない?」

一瞬。

ほんのわずかに、夫の視線が揺れた。

真美は、胸に触れかけた違和感を、
なかったことにするように静かに微笑む。

「……ああ」

夫は生返事をしながら、誰もいない会議室へ目を向けた。

「こっちへ」

真美は周囲の社員たちへ向けて、静かに一礼し、
先に歩き出す夫の広い背中を追った。

夫が会議室のドアを開けた、その瞬間。

足が止まった。

音が遠のく。

夫の足音も、フロアのざわめきも、
自分の呼吸さえ、ぼやけていく。

視界から色が薄れ、すべてが曖昧にほどける。

いた――。

さっきまで、確実に。

まだ、空気が動いている。

誰かの声の残響も、湿り気を帯びた体温も、
そのまま置き去りにされたような、妙な静けさ。

そして、もうひとつ。

そこに残されたものが、
生々しい毒となって真美を侵食する。
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