銀杏並木の毒舌な隣人たち(祝祭の檻編)
 受付を済ませようとした麻美子の耳に、水の中から響くような、湿った声が届いた。

「おや、また一人の『自由という名の迷子』がやってきたね」

 麻美子は『はっ』と胸を突き上げた。

 ここは東京丸の内。こんな場所に出会う動物といえば、せいぜい先ほどのカラスぐらいだと、たかをくくっていたからだ。

 麻美子は慌てるように、声のする方を探した。

 そこで初めて、魚まで声をかけてくるのかと、半分感心するように、水槽の中を目を凝らすように見つめた。

 金魚は口を『パクパク』とあけ、少し篭る年配男性のような声で話しかける。

「いやぁ。麻美子。外の風で随分と羽を乱してきたみたいね。ここは『正解』だけが許された場所だよ」

 麻美子は両手を水槽に押し当て、周りに声が聞こえないよう、小声で問いかけていた。

「……正解?」

 金魚は時々尾鰭を動かし、麻美子に近づいてくる。

「 そう。あそこの新婦を見てごらん。彼女は今日、この透明なガラスの向こう側――つまり『社会的面目』という名の、最も安全で高価な水槽の鍵を手に入れたんだよ。誰に後ろ指を指されることもない、完璧に濾過(ろか)された幸福。羨ましいかい?」
< 3 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop