悪辣検事は初恋妻をこの手に捕らえて逃がさない。
つかさは唇を震わせながら、声を絞り出す。
「どうしてこんなことができるの……? 罪のない人を有罪にするなんて」
「この世には抗えない権力があるのだよ、お嬢さん」
関屋はすました顔でウイスキーを飲む。
「弟くんの二審では減刑されるよう取り計らってもいい。保釈金を肩代わりしてやることもできるが、どうする?」
「それでも弟には犯罪者として生きていけということですか……っ」
「そうだ」
無茶苦茶だと思った。これが許されるのなら法など無意味ではないか。
どうにかして対抗したいが、つかさにその術はない。
スマホは圏外だし、ボイスレコーダーの類はそもそも持ってきていない。
従わなければ家族がどうなるかわからない。
(ごめんね、要……)
条件をのむしかないのが悔しくてたまらない。
「……私は、何をすればいいのですか」
「永瀬頼久と離婚し、彼の前から永遠に消えてもらおう」
「わかりました」
「では、これに記入してもらおうか」
関屋はスーツの胸ポケットからボールペンと一枚の用紙を取り出した。
広げられたそれは離婚届だった。
「善は急げだ」
何が善は急げだと言い返したかったが、口をつぐんだ。何を言っても無駄なのだ。
つかさはボールペンを手に取り、震える字で名前を書き始める。