悪辣検事は初恋妻をこの手に捕らえて逃がさない。
頼久は何も答えない。
つかさは彼の背中に向かっておずおずと尋ねる。
「私のこと、覚えてないかな……?」
最後に会ったのは、つかさがまだ高校生だった頃。もう十二年も前になるだろうか。
忘れられていても無理はないか、とつかさは項垂れる。
(私は彼に酷いことを言ってしまった。そんな女、忘れたいに決まってるよね)
「……久しぶりだな」
ポツリと呟かれた言葉に、思わず顔を上げる。
「幼なじみの顔を忘れる程薄情じゃない」
「……っ! 頼く……」
「だが、もうここには来るな」
ピシャリとシャッターを閉められたように、たった一言でつかさを遠ざけた。
メガネの奥の眼光は鋭く、凍てついていた。
つかさはグッと口をつぐむ。
(この人、本当にあの頼くん……?)
頼久は昔から仏頂面が多く周囲の人には怖そうと思われていた。
でもつかさの前では照れ屋でやや子どもっぽい一面もあり、ただ不器用なだけで根はとても優しい。
人一倍真面目で頼り甲斐があり、つかさに何かあった時はいつでも力になってくれる。
そんな彼のことが大好きだった。
だが目の前にいる頼久は、まるで別人だ。少なくともつかさに向けて、冷たい視線を向けたことなど一度もない。
ふと目に入った頼久のスーツの襟には白い菊の花弁と金色の葉をあしらった、検察官であると示すバッジが光っていた。
これが検事バッジというのは、ドラマを観て知っている。
(本当に検事なの……?)
頼久が検事になっていたことが何よりの驚きだった。
何故なら十二年前までは、弁護士を目指していたからだ。
『僕は絶対立派な弁護士になるよ、つかさ』
『うん! 頼くんならなれるよ!』
子どもの頃、そんな風に語り合っていたのに。
「帰り道がわからないのか?」
「ち、違うけど」
「だったら早く帰れ。そこで突っ立っていられると邪魔だ」
冷たく言うと頼久はそのまま立ち去る。
つかさはただ呆然と彼の後ろ姿を見送った。それ以上何も言えなかった。