悪辣検事は初恋妻をこの手に捕らえて逃がさない。


(結婚か……)


 お風呂の中で、つかさは要に言われたことを思い返していた。

 つかさには恋人がいない。
 それどころか三十年間一度もいたことがない。

 つかさにはあるトラウマがあり、恋愛ができずにいた。
 異性に告白された経験はあるし、友人に誘われて合コンに参加したこともある。

 思い切ってマッチングアプリに登録したこともあるが、トラウマを思い出して前に進めなかった。
 そのまま三十歳を迎えてしまい、今は一生独り身でもいいかと思うようになっていた。


(要は前に彼女がいるって言ってたし、考えたくないけど芯ちゃんにも彼女がいるかもしれない。弟たちに任せれば良いよね……)


 恋人がいなくても今の生活には満足している。

 子どもの頃から大好きな祖父の梨作りを手伝うのは楽しいし、二年前につかさが提案して始めたカフェも好調だ。

 祖父が元気なうちにもっと色んなことを教えてもらいたいと思う。
 たまには旅行したりもして、のんびり楽しく過ごせる人生が良い。

 そんな風に考えるようになっていた。


「さて、明日も朝早いし今日はもう休みますか」


 要は一泊だけして翌日には東京に戻って行った。
 お土産に大量の梨を持たせると、「これ食って頑張るよ」と笑顔を見せていた。

 それが最後に見た要の笑顔になるなんて、この時は思いもしていなかった――。


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