悪辣検事は初恋妻をこの手に捕らえて逃がさない。


(結婚か……)


 お風呂の中で、つかさは要に言われたことを思い返していた。

 つかさには恋人がいない。
 それどころか三十年間一度もいたことがない。


(あれからもう十二年も経つのに、未だに忘れられない)


 つかさにはずっと想いを寄せていた人がいた。
 東京に住んでいた頃真向かいに住んでいた幼なじみ、永瀬(ながせ)頼久(よりひさ)である。

 真面目で少し不器用だけど、根は優しい。
 一緒にいると自然と笑えて楽しくて、誰よりも安心できる存在。
 そんな頼久のことが大好きだった。

 けれどある出来事から彼を深く傷つけてしまい、それ以来疎遠となっている。

 大好きな人を傷つけたことは今でも強く後悔している。
 別の男性から告白されたこともあったが、最後に見た彼の顔を思い出すと苦しくて誰かと恋愛する気にはなれなかった。
 
 トラウマを抱えたまま三十歳を迎えてしまい、今は一生独り身でもいいかと思うようになっていた。

 恋人がいなくても今の生活には満足している。
 子どもの頃から大好きな祖父の梨作りを手伝うのは楽しいし、二年前につかさが提案して始めたカフェも好調だ。

 祖父が元気なうちにもっと色んなことを教えてもらいたいと思う。
 たまには旅行したりもして、のんびり楽しく過ごせる人生が良い。

 そんな風に考えるようになっていた。


「さて、明日も朝早いし今日はもう休みますか」


 要は一泊だけして翌日には東京に戻って行った。
 お土産に大量の梨を持たせると、「これ食って頑張るよ」と笑顔を見せていた。

 それが最後に見た要の笑顔になるなんて、この時は思いもしていなかった――。


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