悪辣検事は初恋妻をこの手に捕らえて逃がさない。
「これこれ、この赤ワイン。改めてお祝いしてくれるそうだから、ハルくんも一緒の時に飲まない?」
「…………」
「どうかした?」
頼久は不機嫌そうな、少し怒っているような表情でじっとつかさを見つめていた。
何が頼久の機嫌を損ねたのか、全くわからなくて戸惑ってしまう。
「頼久さん……?」
「名前」
「え?」
「兄貴のことは昔みたいに呼ぶんだな」
そう言われてハッとした。
そういえば惺久は自然に「ハルくん」と呼んでいた。
「なんていうか、つい……」
「つい、か。つかさはずっと兄貴が好きだったもんな」
「えっ、えっ!?」
思ってもみなかったことを言われ、思わず声が上擦ってしまった。
「な、なんで!? 違うよ!」
「誤魔化さなくてもいい。昔から知ってる」
頼久は明らかに誤解しているようだ。
何故そんな誤解をされているのかわからず、先程以上に戸惑いが隠せない。
「だからちが、」
「でも、つかさの夫は僕だ」
これまでずっと冷淡だった彼の瞳に、初めて滾るような熱い感情が宿ったように思えた。
つかさはドキリとしながら、その瞳を見返す。
「そのことは忘れるな」
それだけ言うと頼久はリビングから出て行ってしまった。
何が起きたのかわからないつかさは、しばらくワインボトルを抱えたままぼうっとしていた。
惺久のことは完全に否定しそびれてしまった。
「……今のは、何だったの……?」
今の頼久のことを知りたいと思うのに、知ろうとする程にわからなくなる。
これは結婚という名の取引ではないのだろうか。
先程の彼の瞳を思い出すと、きゅうっと胸が締め付けられるように苦しくなった。