『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
(どうしよう。いくら処理しても、終わらない……でも、支払い期日に間に合わせないと。遅れたらまた怒られる)

 逃げ場のない焦燥に追い立てられ、紗月は虚ろな目のまま手を動かし続ける。

 生き生きと働けるはずだと信じて、この会社に入ったのに。どうして、いつの間にこんな辛い場所になってしまったのだろう。

(だめ……考えたら、その分だけ遅くなる)

 思考を切り捨てた瞬間、ぶつりと映像が途切れた。次の瞬間、背後に人の気配を感じる。

――仕事ばかりしていたら、嫌になるだろう?僕が、気分転換させてあげるよ。

 低い声が耳元に落ち、湿った吐息が触れる。肩をなぞる手の感触にゾワリとした嫌悪感が走った。

「……嫌!」

 叫ぶように声を上げ、紗月はがばりと上半身を起こした。

 薄暗い部屋の中、自分の荒い呼吸音だけが聞こえた。背中から首筋にかけて冷たい汗が滲んでいる。

(夢、だ……)

 ここはオフィスではなく、寝室だ。そして自分は会社を辞めている。

 ホッとした紗月は両手で胸元を押さえ、必死に息を整える。あまりにもリアルな夢だったから焦燥感や不快な感触は、まだ体の奥に残ったままだった。
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