『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 逞しい胸に頬を寄せると、規則正しい心音が伝わってくる。

「おやすみ、紗月」

 柔らかい声を遠くに聞きながら意識はゆっくり沈んでく。深い眠りに落ちた紗月は朝まで一度も目を覚まさなかった。



 土曜の朝、自宅マンションから徒歩十分ほどのカフェで紗月は航生と共に朝食を取っていた。

 婚姻届けを出してから一か月以上過ぎ、季節は夏まっさかり。暑い日々が続いているが、それほど気温が高くない日はふたりで散歩がてら朝食をとりに出かけるのが当たり前になりつつある。

「ん、美味しい」

 手でちぎったクロワッサンを口に運び、紗月は思わず頬を緩ませる。口の中に広がるバターの香りは軽やかでしつこすぎない。

「サラダの量も多いし、見た目もおしゃれだね」

「紗月が好きそうだと思ってチェックしていたんだけど、当たりだったみたいだな」

 向かいに座る航生はアイスコーヒーのストローをつまみながら満足げな表情をしている。

 六本木の大通りから一本入った静かなエリアにあるこのカフェベーカリーは、ガラス張りの窓から入る自然光が優しく、店内も落ち着いた雰囲気だった。
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