『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 思ったより頑なな態度を前に、紗月の語尾がすぼむ。彼は紗月に対してだいぶ過保護になってしまったようだ。

(前職が酷かったから心配してくれてるのはわかるけど、この優雅な専業主婦生活に慣れきってしまうのが怖いんだよね。それにいつかは就職活動しなきゃいけないんだし)

 航生の妻という立場が紗月の仕事であると理解しているが、このままずっと社会に触れないでいたら、世の中に付いていけなくなって、離婚後の復職に苦労しそうな気がする。

 穏やかすぎる生活につい忘れそうになるが、紗月はあくまで航生が会社での基盤作りを終えるまでの期間限定の妻にすぎないのだ。想定は二、三年。その事実を忘れてはいけない。

 いつかくるその日を思うと、理由もなく心がざわつく。

(今からあれこれ考えても仕方がない。航生君が心配してくれるのはまだ私が頼りないからだよね)

 それなら、もっとしっかりした奥さんになれるように努力しよう。

 心の奥に刺さったままの小さな棘をそのままにして、自分に言い聞かせていると、航生がフォークを持った。

「シュンとした顔しない。それよりほら、これ食べてみて」

「えっ?」
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