『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
「そうでしたか。僕も兄さんが元気なのがわかってよかったです」

 航生がすまなそうに答えると、電話の向こうで理仁はついでのように《ああ、でも》と続けた。

《母さんから聞いたんだけど。航生、君、結婚したっていうのは冗談だよね?》

(やっぱりこの件か)

「いえ、冗談ではなく事実ですよ」

 心の中で冷笑しながら、航生は兄にはっきり返事をした。



 大須賀家の長男として両親や祖父母に溺愛されて育った理仁は、品行方正で聡明、物腰も柔らかい優しい性格の、非の打ちどころのない跡取りだった。

 航生たちが離れでひっそりと暮らしていた頃から、兄は他の人間とは違い無視も差別もしなかった。ときには優しい声を掛けてくれる。それだけで航生にとっては〝味方〟だった。

 航生たちが大須賀家を出てからは、折に触れて気遣う連絡を寄越してきた理仁。母の典子に知られれば、きっと咎められるはずなのに。それでも途切れないやりとりに、航生は感謝していた。

 兄は航生にとって母以外の、唯一の理解者――のはずだった。

 高校三年の冬休み。年が明けると母の病状はさらに進み、眠る時間が増えていく。航生はずっと病室で付き添っていた。
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