『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 その後もふたりは他愛のない会話を続けた。一杯だけのつもりが、大須賀に勧められるまま、いつの間にかお代わりをしていた。

「久しぶりに東京に戻ってきて、どう?」

「そうだな、相変わらず人が多い。それとラーメンを食べれて嬉しかった。やっぱり日本のは最高だと思ったよ」

 チェーンの大衆居酒屋に入ったり、ラーメンが好きだったり、洗練された見た目と違って割と庶民的な味が好きなのかもしれない。

「ふふ、たしかに日本のラーメンは世界に誇る文化よね」

(こうやって誰かと取り留めのない話をしたの、ずいぶん久しぶりな気がする)

 微笑みを浮かべたまま、その事実に気づいた紗月の胸の奥に、ふっと影が差した。

 普段、紗月は山のような仕事をこなして、疲れ果てた体を引きずるように家に帰る毎日を繰り返している。週末も、体力回復のために睡眠をとるか、後回しにしていた家事に追われるうちに終わってしまう。

 実家は電車で一時間弱の距離にあるが、そんな暮らしをしているせいでなかなか足が向かない。友達と会う時間も気力もなく、こうして誰かと他愛のない話をする機会も失っていた。
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