『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 それ以前に、航生の優しさを無下にする気にはらなかった。

 地下鉄を降り、まっすぐマンションに向かう。エントランスに近づいたとき、黒塗りの高級車が紗月を追い越していった。

 このマンションに住んでいるのは高所得者ばかりだ。きっと居住者の車だろう。そう思いながら視線を向けていると車は止まり、中からひとりの女性が降りた。

 年は五十代くらいだろうか。仕立ての良さそうなスーツにパールのネックレスを身に着け、紗月でも知っている有名ブランドのバッグを下げている。いかにも富裕層の奥様だ。

 その女性はまっすぐ紗月に近づいてきて、真正面に立った。

「あなたが紗月ね」

「あの……?」

 ぞんざいに声を掛けられ紗月は目を瞬かせる。

「私は、大須賀典子、大須賀家当主の妻よ」

 驚いた紗月は目の前の女性をまじまじと見る。上品な佇まいとは裏腹に、神経質そうな顔つきは冷たく見えた。

 航生と彼の母をいじめ抜いてきたという本妻は、不機嫌そうな表情のまま、こちらを睨みつけていた。

「初めまして。妻の紗月です。ご挨拶が遅くなりすみません」

 ともかく挨拶はしようと頭を下げた紗月に冷たい声が降ってくる。
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