『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 契約結婚だと悟られないよう、あえて妻を長い間想っていたかのように語ったのだ。

 それでも、あの心からの笑顔に嘘や取り繕いがないと感じたのは、紗月がそうであってほしいと願っていたから。

(本当に航生くんが私を好きでいてくれたら、私こそ誰よりも幸せなのに……だめ、期待しちゃ)

 紗月は余計な感情を押し流すように、冷たい水を掌に受けた。

 化粧室を出て広間に足を向けようとした紗月は後ろから声を掛けられる。

「改めて久しぶりだね。紗月ちゃん」

「お兄さん……」

 そこに立っていたのは理仁だった。航生とは三歳違いで、今は三十一歳のはず。十年の歳月なりに大人の男性になっていたが、顔に張り付けたような薄い笑みは、相変わらずどこか得体が知れない。

「ふたりが結婚なんて、本当にびっくりしたよ……懐かしいね。それで君は、あのときの話を航生にしたわけだ?」

 理仁は紗月の正面に回り込んで首を傾げた。探るような言い方に、胸がざわりとした。

 彼はきっと、航生が紗月に付きまとわれて困っていた頃の話を蒸し返したいのだ。

「それは……」

 紗月は思わず言い淀む。
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