『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 いつか、彼は『あのころの記憶、正直あまり残ってないんだ』と言っていたはずなのに、さっきの口ぶりからすると、しっかり覚えているどころか、当時のことを調べていたのではないか。

「……少しだけ寄りたい場所があるんだけど、付き合ってもらっていいか」

 そう言うと、航生は紗月の手を引いたまま、今度はゆっくり歩き出した。

 玄関を出て駐車場に向かうと思いきや、彼は裏庭に進んでいく。木立に隠れるように建つ平屋の建物は、母屋から少し歩いた場所にあった。

「ここって……」

「子どものとき俺が母と住んでいた離れ。今は使われてなくて、中には入れないみたいだけど」

 玄関先に立つと航生は静かに声を落とした。

 周囲に人の気配はないものの、いくつかの照明が設置されているので、夜にもかかわらずそれほど暗くない。

「このベンチはまだ現役だな」

 航生は、建物から数メートル離れた場所に置かれたベンチに近づき、確かめるよう軽く叩くと、ハンカチを敷いて紗月を座らせた。厚みのある堅木で組まれたそれは年月なりの風合いはあるものの、軋みもなく安定感があった。
< 189 / 235 >

この作品をシェア

pagetop