『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
「店から出てきた紗月の顔は、まるで失恋でもしたみたいに辛そうな顔をしていた。別れ際には、兄が君を抱きしめているようにも見えたしね」

 紗月に〝最後の思い出に抱きしめてほしい〟と懇願されたのだと、理仁に説明されていたらしい。

「もちろんそんなこと言ってないよ。抱きしめられた覚えもない」

 あのときはあまりにも悲しくて、前後の細かいやりとりは覚えていなかった。

「俺が見ているのに気づいて、あの人がわざとそう見えるようにしたんだろう。兄の嘘に気づいたのは三年前だったけれど、紗月の悲しげな表情はずっと覚えていて、もしかしたら紗月の兄に対する気持ちだけは本物かもしれないと思っていたんだ」

「……だから、気を使って忘れたふりをしてくれてたんだね」

 誤解を解こうとすれば、兄の所業を明らかにせざるを得ない。航生は紗月を傷つけたくなかったのだろう。

(ある意味では、合っているのかも。あのとき私は航生くんに嫌われたと思い込んで、失恋した気持ちになっていたから)

 それを理仁への思慕だと受け取られていたのだとしたら、かなり複雑だ。
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