『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 しばらくすると、深く重なっていた唇が、名残を惜しむようにゆっくり離れる。

 航生は紗月の額に自分の額を重ね、至近距離で小さく息をついた。

「……帰ろうか」

 低く囁く声には、まだ熱が残っている。

「そんなにかわいい顔されたら、ここでいろいろしたくなるから」

 冗談めかした言葉なのに、声色が真剣で、ただでさえ早かった紗月の心臓の音がもっとうるさくなる。

「……もう」

 紗月は小さく呟くと、照れ隠しに、額を軽く擦り合わせた。

「続きは、帰ってからでいい?」

 立ち上がりながら差し出された手を、紗月は迷わず握る。

 夜の静けさに包まれながら、ふたりは寄り添いながら歩き出す。屋敷の敷地を出るまで、航生は一度も後ろを振り向かなかった。


「ただいまー。はぁー疲れたね」

 マンションのドアを開けながら、紗月は声を上げた。

「お疲れ様。それにしてもうまそうな匂いがするな。俺が準備しておくから紗月は先に風呂入ってきて」

 航生の手にはコンシェルジュカウンターで受け取ったデリバリーフードサービスの袋が下がっていた。
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