『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 わだかまりが解けたからだろうか。航生は以前にも増して、優しさや甘さを隠さなくなった。

 もちろん、幸せだと感じている。けれどその一方で、自分ばかりが航生に頼っているような気がして心が落ち着かないのも確かだった。

 理仁に『君は、航生になにを与えられる?』と問われ、答えられなかった記憶が今も消えずに残っている。

(せめて家事と、今任されている仕事は、あの件も含めてきちんとやり切ろう)

 肩に伝わる彼の体温を感じながら、紗月は改めて自分に言い聞かせた。



《資料、まとまりましたので、いつでもそちらにお持ちできます》

 それから一週間後の昼休み、休憩をしているふりをしつつ、会社のパソコンでチャットを送った相手は航生の秘書である土方だ。

《ありがとうございます。十六時なら室長も時間が作れますので、直接執務室までお持ちいただけますか?》

 すぐに返事が返ってきたので、紗月は《承知しました》と打ち込む。

 経費処理を任されていた紗月が、毎月発生している不自然な支払いに気づいたのはここに働き始めて二週間ほど経った頃だった。
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