『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 航生は小さく独り言をこぼし、苦しそうに語尾を滲ませる。

「……あのとき俺は色々抱え込んでて……イライラしてたのは覚えているけど、あのころの記憶、正直あまり残ってないんだ」

「島君……」

 痛みを堪えるような低い声に、複雑な気持ちになる。

(そっか、島君は覚えていないんだ……)

 彼にとっては大した出来事ではなかった事実に、やるせなさを感じる一方、いつまでもこだわってる自分が、やけに心の狭い人間に思えてくる。

 たしかに、あの頃の航生は母の闘病を支え、心身ともに追い詰められていたはずだ。些細なきっかけで、行き場のない思いが衝動的に自分に向いてしまっても不思議ではない。

(もしかしたら、島君はそこまで私を疎ましく思っていなかったのかな。でも、お兄さんとのメッセージには……)

 航生の兄、理仁に見せられたメッセージのやりとりが脳裏に蘇る。あれを見る限り、航生は紗月を相当迷惑がっていた。その真意を確かめようとした瞬間、そっと手を握られる。

「約束を果たしたい」

「約束?」

 紗月が問うように視線を戻すと、航生は小さくうなずく。

「あのとき言ったはずだ。俺は君を悩みから解放するって。
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