『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 いつの間にか航生の話に引き込まれていた紗月は大きくため息をつく。この十年間の航生の苦労を思うと心が痛い。

「義母がとにかく厄介なんだ。でも先に婚姻届を出してしまえば、あの人も口出しできなくなる」

「なるほど。だから便宜的に結婚したいのね。でも私、そんな大胆な計画に巻き込まれるほどの度胸はないよ」

 紗月は苦笑するしかない。やっと彼の思惑が理解できたのはいいが、自分が首を突っ込んでいい領域の話ではなかった。

「結婚した事実さえあればいいんだ。それに、永井は気づいてないかもしれないが、これ以上同じ環境で働き続けたら体も心も取り返しがつかなくなる」

「島君……」

 切実な声は心から紗月を心配しているように聞こえた。

「体を壊したら働けなくなって結局周りに迷惑をかけるんだから、意味がないだろう。労働条件が合わない会社を辞めて、俺の妻に転職すると考えたらいい」

「たしかに、その通りなんだけど」

 理屈は正しい。でも心がついてこない。現実味がなく、どう受け止めればいいのかわからなかった。
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