『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 だから紗月は、理仁から航生とのやり取りを見せられた件を、まだ打ち明けられずにいた。

 十年前の出来事を掘り返しても、誰の得にもならない。仮にあのやりとりが理仁の作り話だったなら、兄弟の関係に無用な波紋を広げるだけだ。そして、紗月は怖かったのだ。真実だと再確認し、もう一度あのときと同じように傷つくのが。

(どちらにしてもお兄さんは私を疎ましく思っているよね。たぶん連絡したら反対されると思うんだけど)

「兄は今海外にいる。伝えるのは両親と同じタイミングでいい。それより紗月、仕事はスムーズに辞められそうか?」

 航生はフロントガラスへ視線を向け、何事もなかったかのように話題を切り替えた。

「課長には、これでもかってくらい嫌味を言われたけど受け入れてもらえた」

 重たい感情から一旦目を背け、紗月は曖昧な笑みを浮かべる。

 プロポーズを受けた翌日、紗月は退職の意向を人事部と上司である坂本に伝えた。少しでも早い方がいいという航生の圧に押された形だが、自分も決心したタイミングで動かないと言い出せないと思ったからだ。
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