『顔も見たくない』と振られた御曹司に十年越しで執着されていました
 すると隣からため息が聞こえてきた。

「まったく、紗月の真面目なところは昔から変わってないな」

「……融通が利かないってことだよね」

 自分の不器用さを突きつけられたようで、少しだけ複雑な気持ちになる。

「いや、融通が利かないんじゃなくて、責任感があるってこと。そういうところも俺は好きだよ」

 赤信号で止まったタイミングで、航生はこちらに視線をよこした。

 労わるような笑みから甘さが滲み出ているような気がして、紗月の胸が小さく跳ねる。

(好きって、人としてってことだよね)

 今日は、何度この人に心を揺らされているのだろう。

「あ、ありがとう……」

 ストレートな言葉にどう応じていいかわからず、紗月は頬を熱くしながら、膝の上のバッグを意味もなく弄った。

「それで紗月。引っ越しはいつにする?」

 航生が少し弾んだ声で問いかけてきた。

「荷物をまとめる時間がなかなか作れないんだよね。でも、私がすぐ行って、そちらは本当に大丈夫なの?」

「大丈夫どころか、準備万端だよ」

 即答だった。迷いのない口ぶりに紗月は思わず瞬きをする。
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