極甘社長にほだされても二度と秘書はやりたくない
「あの、実は色々あってついこの間まで住む家がなかったんです。それで姉の家に住むことになって、先週香港で鍵を貰う予定だったんですけど……」

嘘は言っていない。姉と会えれば今日は姉の家から出勤できたはずなのだ。

「え、そうなの? あ、じゃあもしかして週末ってどこか泊まってた?」
「はい、ホテルに泊まってました。その前はネットカフェとか転々としてて……」
「そうだったんだ……。それはこっちの責任もあるね」

取引をしようとしていたのに藤沢社長は申し訳なさそうな顔をしていて、少し気が引ける。

「それで、次に姉が日本に帰ってくるのが2週間後なんです。それで秘書をやる変わりのお願いで……ウィークリーマンションを借りられませんか? もしくは安いホテルとかでもいいです。会社事情ということでなんとかならないでしょうか?」
「う~ん……そっか。でもうちはそういう制度ないんだよね。あっても家賃補助ぐらいだったと思うし、会社事情と言えばそうなんだけどちょっとむずかしいかなぁ……」
「ですよね……」

秘書をやっている間の給与も再考してくれるというし、ここは費用を自分で持つしかないかなと諦めかけた。むしろこんなめちゃくちゃな状態に巻き込まれているのに、ちゃんと働こうとしているだけ褒めて欲しいぐらいだ。

「あ、そうだ。じゃあこうしよう。ちょうど一部屋余ってるんだ。俺の部屋。だから2週間、そこ使ってもらうのはどう?」
「……え?」

何を言われているか分からず思わず返事をするのに間が空いてしまった。

「秘書やってもらうんだし、一緒にいた方が何かと効率いいかなって。分からないこともすぐに聞けるでしょ」
「え。いや、それはちょっと……」

藤沢社長の提案にさーっと血の気が引いていくのが分かった。

『社長と同じ部屋に住む』
 
それこそが前職で私が揉めた原因、そのものだからだ。

走馬灯の様に前職でのトラウマが頭の中によみがえってきた。
 
どんなに見た目がいい人でも性格に難ありな場合や、見た目がいまいちでもとても優しくて良い性格の場合もある。
それと同じように地位やプライドが高く、肩書きがある人も人格者であるとは限らない。
26年も生きてきたのに私はその見極めが下手くそで、いわゆるクズ男にひっかかってしまった

「は? 住めばっていったけど、それ秘書としてだから」
「え……? だって荷物も置いていいって……」
「その方が色々楽だからだろ? 何、恋人とか思ってたの? 何回かネタぐらいで彼女面されんの迷惑なんだけど」

通信販売会社R&Mの秘書として働いていた私は社長である男と恋人関係だと思っていた。
ただ、そう思っていたのは私だけで、ある日、浮気をかぎつけた私が問い質すと逆に私が浮気相手だったと知る。

「はぁ。とりあえず出てく? まぁ秘書としては同じ家にいた方が楽なんだけど」

 掃除も洗濯もご飯の支度も、いろんなお世話を私がしていた。けど、それは家政婦代わりだったようで、ここで目が覚めた。

「……っ、出て行きます……!」

腹の中は煮えくりかえりそうなほど怒りがこみ上げていたけれど、何も言葉にすることが出来なかった。

そして荷物をまとめて元社長の家を出たあとは友達の家やホテル、ネットカフェを転々としていた。
すぐにどこかに家を借りたかったけれど、身元保証に人成ってくれる姉は国際線のCAをしているためなかなか会えずに伸び伸びになっていた。
愚痴を聞いてもらったりして少しずつ傷は癒えてきたころに、とにかくこのまま貯金を切り崩しているわけにもいかないと再就職を決意した。
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