極甘社長にほだされても二度と秘書はやりたくない
「それでここがゲストルーム。あとでシーツとか持ってくるから」
「ありがとうございます……!」
「他に困ったことあったら何でも言ってね。あ、それと呼び方」
「呼び方……ですか?」
「うん、藤沢社長っていうのも他人行儀じゃない?」
「そう、でしょうか」

呼びづらさで言えば呼びづらいのだが、社長であることには変わりはない。それに一社員んと社長の間柄なのだか普通なのではと思っていると……。

「だって一緒に夜も過ごした仲だし。名前で呼んでくれてもいいよ」
「そ、それは不可抗力ですし……! そんな大それたこと……」
「ふふ、からかい過ぎちゃったかな。でも仕事を離れたら社長はつけなくてもいいよ。俺も少し堅苦しくなっちゃうから」
「あ……」

確かに会社でも言えでも社長では疲れてしまうかもしれない。気遣いができていなかったことにはっとさせられてしまう。

「それじゃぁ、藤沢さん、で」
「うん。裕幸さんでも俺はかまわないけどね」
「それは遠慮します……!」
「ふふ、面白いね。ベッドの準備しておくから先にお風呂入ってきていいよ」

ぽんと頭を撫でられると藤沢さんは自分の寝室へと消えてしまった。なんだか藤沢さんのペースに乗せられている気がしなくもないけれど、気まずいよりはいいのかもしれない。

「はぁ……大丈夫かな……」

何が、ということには気付かないふりをした。キャリーをゲストルームにおいて、家主よりも先にお風呂をいただくことにしたのだった。

(っていうかお風呂広い……窓も、あるし……)

足を伸ばしても余裕のあるバスタブの中から窓の外を眺める。夜景が広がっていて、なんだか贅沢だなぁとぼんやり考えてしまう。
つい先日温泉に行ったばかりだけれど、それとはやっぱり違う贅沢さがあって。

(社長って言っても、ほんとに人それぞれっってことか……)

前の会社の社長の家は芸能人が住む立地のタワーマンションで、セキュリティはしっかりしていた。けれど、そこに住むことがステータスのようになっていた社長は毎晩やれ芸能人だのモデルだのと食事をしていた。そういう意味ではあの場所は都合が良かったのだろう。
でも、私には窮屈だったんだと今になって思う。

(騙されて、追い出されて……なんで、あんな人好きだったんだろう)

藤沢さんのマンションは海岸方面にあり方向によっては海も見えるし、自然を感じることができる。
コンクリートジャングルに慣れすぎて、感覚がおかしくなっていたのだろうか。アルカトラズに入ってから……藤沢さんと会ってから慌ただしくも、どこかゆりかごに揺さぶられているような気分になる。

「なんでこんなに良くしてくれるんだろうなぁ……」

困っていることも確かだし、助けて欲しいと言ったのも私だ。けれど藤沢さん自らではなく他の社員の人にお願いしたっていいはずだ。きっと困った人を放って置けない優しい人なんだろう。そう思っておかないと勘違いしてしまいそうだ。そう思いながらながら目を閉じて天井を見上げた。

「坂井さん、タオル、置いておいたからね」

カチャと風呂場の扉が開いたと同時に頭上から声が聞こえてきた。反射的に胸を隠しながら思わず上半身を起こした。

「ひゃいっ!」
「ふふ、ごゆっくりどうぞ」

藤沢さんに視線を向けるとにこりと笑って扉を閉めた。

(み、見られてないよね……!?)

裸を見られたかどうかよりもだらしない姿を見られていた方が恥ずかしい。
いくらなんでも油断し過ぎだ。

「はぁ……」

一つ溜め息をついてお湯でパシャっと頬を叩いた。


――あと、2週間乗り切ればそれでいい。
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